ムツェンスク郡のマクベス夫人 (オペラ)
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『ムツェンスク郡のマクベス夫人』(ムツェンスクぐんのマクベスふじん、Леди Макбет Мценского уезда)作品29はドミートリイ・ショスタコーヴィチが作曲した4幕のオペラ。原作はニコライ・レスコフの同名の小説である。
目次 |
[編集] データ
- 作曲:1930年 - 1932年
- 初演:1934年1月22日、レニングラードのマールイ劇場で
- 台本:アレクサンドル・プレイスと作曲者
- 構成:全4幕9場
- 演奏時間:約2時間35分(第1幕:50分、第2幕:50分、第3幕:25分、第4幕:30分)
休憩は第一幕と第二幕の後の2回が多い。
[編集] 作曲の経緯
オペラ『鼻』に続くショスタコーヴィチのオペラ第2作。作曲者が20代半ばごろの力作で、1930年から1932年まで作曲が進められ、1934年1月22日に初演された。初演当時は大好評を博し、ショスタコーヴィチの作曲家としての地位を揺るぎないものにした。その後もレニングラードやモスクワで2年間で83回も上演を続け、アメリカや西欧諸国でも人気を集めた。
1936年1月、スターリンがオペラを観劇に訪れていたが、内容に激怒して途中で退席。その2日後の「プラウダ」紙に「音楽のかわりに荒唐無稽」と題した無署名の批評が掲載されて事態は急変し、作曲者の生命にも危険を及ぼしかねない事件となった(プラウダ批判)。以後20年以上にわたり、事実上の上演禁止となってしまった。
初演原典版には、音楽による「ポルノフォニー」などの露骨な性描写もかなり含まれている。ちなみに1996年のキーロフ・オペラ来日公演で、指揮者ゲルギエフがこのオペラの両版の比較連続公演を行い、話題となった。
はじめ、作曲者はワーグナーの『ニーベルングの指環』のような、ロシアの女性をテーマとしたオペラ4部作を計画しており、その第1作がこの作品であった。その壮大なプランについては、
- ……『マクベス夫人』は『ラインの黄金』にあたるものである。これにつづくオペラの女主人公は、人民の意志派運動の女性となるだろう。……このテーマが、わたしの芸術思索と今後10年間の我が生活のライトモチーフとなる。」
との作曲者自身の証言がある[1]。だが上記のような事情でこのプランは中止され、作曲者自身がオペラ創作から遠ざかることになった。以後、さまざまなオペラ創作を計画したが、結局『賭博師』(1941年)、『モスクワよ。チョムーリシキよ。』(1957年 - 1958年)の2作しか手をつけておらず、しかも前者は未完、後者はオペレッタであまり高い評価を受けていない。ショスタコーヴッチの完成されたオペラは本作と『鼻』の2作のみである。いかに当局の批判がショスタコーヴィチに言い知れぬトラウマを与えたかが伺われる。
改訂版のオペラ『カテリーナ・イズマイロヴァ』作品114は絶賛されたが、打楽器などの刺激的なオーケストレーションは避けられている。しかし、新しく書かれた最初の部分の間奏曲などは、原典版より音楽的に優れた効果を発揮している。演奏時間はほぼ原典版に同じである。
なお、このオペラには映画版も存在する。1時間半にカットされてはいるが、ロストロポーヴィチの音源を用いた、俳優によるより性的に描写された名演技である。
終幕以外、各場面の間に小さな間奏曲が挟まれている。それぞれ機知に富んだ粒ぞろいの名作で、改訂版とともに組曲「『カテリーナ・イズマイロヴァ』の5つの間奏曲」作品114aが作られた。
[編集] 登場人物
[編集] 楽器編成
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コーラングレ、E♭管クラリネット、クラリネット2、バス・クラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、シンバル、タムタム、トライアングル、シロフォン、拍子木、グロッケンシュピール、チェレスタ、ハープ2、弦五部(第1ヴァイオリン16-18、第2ヴァイオリン14-16、ヴィオラ12-14、チェロ12-14、コントラバス10-12)
バンダ:コルネット4、トランペット2、アルトホルン2、テノールホルン2、バリトン2、バス(チューバ)2
[編集] 粗筋
[編集] 第1幕
- 第1場:イズマイロフ家居間、第2場:同庭先、第3場:カテリーナの寝室
カテリーナは裕福なイズマイロフ家に嫁いだが、意地悪な舅ボリスと、夫ジノーヴィとの愛のない生活に傷心の日々を送っている。今日も夫は外出、舅は「亭主が出て行くのに涙一つ流しよらん。」とねちねちと小言。そこへ、新しい下男セルゲイが女中を手ごめにしようとして大騒ぎになる。カテリーナはセルゲイを叱責するが、セルゲイは下心を抱きカテリーナを押し倒す。それを見たボリスは「不倫じゃ。息子に言いつけてやる。」と怒る。その夜遅く、カテリーナのもとにセルゲイが忍び込み強姦する。カテリーナはセルゲイの虜になり、2人は固く抱き合う。
第3場幕開けの孤独を嘆くカテリーナの悲痛なアリアは極めて美しい。後半のレイプ・シーンは、性行為を音楽で描写した有名な場面で、作曲者の非凡な才能がうかがわれる。スターリンが激怒したのもまさにこの点にあった。
[編集] 第2幕
- 第1場:イズマイロフ家庭先、第2場:カテリーナの寝室
ボリスが夜回りをしながらカテリーナに対する抑えきれない欲望を歌う。そこへ情事を終えたセルゲイが窓から逃げ出す。ボリスはセルゲイを捕まえ、鞭で打ちすえる。驚くカテリーナや下男たちに、ボリスは怒りに打ち震え、息子をすぐ呼びにやらせ、スープを作れと命じる。切羽詰ったカテリーナはスープに毒キノコを入れる。ボリスは苦しみだし、臨終に立ち会った牧師に懺悔するが、カテリーナを恨めしげに指さして死ぬ。カテリーナは嘘泣きをして食中毒とごまかす。再びカテリーナは寝室でセルゲイとの逢瀬を楽しむが、ボリスの亡霊に悩まされる。そこへジノーヴィが帰ってくる。ジノーヴィは不義の現場を押さえ、カテリーナを革のベルトで打ちすえるが、セルゲイにより殺される。
第1場のボリスのグロテスクなアリアと、牧師のシニカルなアリアが面白い。第1場から第2場の間奏曲はパッサカリア形式の壮大なもので、舞台外のバンダも加わり、悲劇的要素を強調する。ショスタコーヴィッチのすぐれた管弦楽法が聴きものである。
[編集] 第3幕
- 第1場:イズマイロフ家納屋の前、第2場:村の警察署、第3場:イズマイロフ家納屋の前(宴会場)
カテリーナとセルゲイの結婚式が自宅で行われる。納屋にジノーヴィの死体を隠し、何食わぬ顔をする2人。だが、酔いどれの農夫が死体を発見し、警察に通報する。2人は結婚式の宴席で逮捕される。
この幕は全体的に短めで、農夫のコミカルな歌やバンダが大活躍する軽快な「怒りの日」のパロデイの間奏曲、警官のユーモラスでグロテスクな合唱など、重苦しい劇の中で息抜きの役割を持つ。なお、この幕を交響曲のスケルツォに相当するとする意見もある。
[編集] 第4幕
- 第1場:シベリア街道 湖のほとり
カテリーナとセルゲイは刑に服し、シベリアに流される。2人と流刑者たちはとある村の湖のほとりで休憩する。すべてを失ったカテリーナにとって、ただ一つの頼みは愛するセルゲイの存在であった。だがセルゲイは心変わりし、別の女囚ソーニャと関係を持ってしまう。囚人たちに囃され、カテリーナは絶望のあまり、ソーニャを道連れに湖に身を投げる。役人は出発を告げ、囚人たちは物悲しい歌を歌いながら船に乗り舞台を去る。
ここは、ムソルグスキーの影響を受けたロシア色豊かな場面。特に幕切れ近く、絶望したカテリーナが歌うアリアは悲痛そのもので、劇的なクライマックスを作り上げている。
[編集] 備考
タイトルの「マクベス夫人」とは、この作品の主役を、シェイクスピアの悲劇『マクベス』に登場するマクベスの妻(野心家タイプの悪女の典型とされる)になぞらえた表現である。
[編集] 脚注
- ^ L・E・ファーイ著、藤岡啓介・佐々木千恵訳『ショスタコーヴィッチ ある生涯』アルファベータ 2005年
[編集] 外部リンク
- OPERA-GUIDE 英訳・独訳のリブレットほか
- レスコフの原作(ロシア語)