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ヒッタイト語 - Wikipedia

ヒッタイト語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ヒッタイト語(ヒッタイトご)はインド・ヨーロッパ語族(印欧語族)に属する言語アナトリア半島ヒッタイト帝国の人々が話していた。

ハットゥサ(現在のトルコ北部ボアズキョイ)を中心とするヒッタイト帝国で、紀元前1600年(たぶんそれ以前)から紀元前1100年のころ用いられたが、ヒッタイト語とその同系言語(まとめてアナトリア語派と呼ばれる)はそれ以後も数百年にわたって用いられたらしい。

ヒッタイト語は他の印欧語と異なる点が多く、早い時期に印欧語から分離したと推測されてきた。印欧語族の「姉妹言語」と考える研究者もいる。

目次

[編集] 名称

ヒッタイト語という用語には問題がある。ヒッタイトというのは旧約聖書の記録にちなんで発掘後にこの帝国に付けられた名称である。

ヒッタイトで発見された文書はいくつかの言語で記されており、その中でヒッタイト語で記された部分にはnesili (またはnasili 、「ネサの言葉で」の意)と書かれている。またKanisumnili 「カネシュの言葉で」と記された場合もある。ネサとカネシュはヒッタイトの中心的都市の名で、同じ都市の可能性もある。

元来ヒッタイトあるいはハットゥサというのはヒッタイト人が支配する前からいた原住民が称した名と考えられる。その言語はやはりヒッタイトの文書の中に用いられているが、ヒッタイト語とは全く別系統であり、区別するためにハッティ語(原ハッティ語)などと呼ばれる。

[編集] 解読

ヒッタイト語は20世紀初頭に解読され始めた。1902年にヨルゲン・クヌートソン(en:Jørgen A. Knudtzonノルウェー)が、ヒッタイト領で発見された粘土板の多くがアッカド楔形文字で書かれていることを指摘した。これらは音節文字で書かれていたため解読が進んだ。1916年にベドジフ・フロズニー(en:Bedřich Hroznýチェコ)が、この言語は印欧語に属すると結論し、それによってさらに解読が進んだ。

[編集] 同系統の言語

ヒッタイト語以外にもヒッタイト帝国やその後のアナトリアで用いられた同系と思われる言語(ルウィ語、パラ語、いわゆる象形文字ヒッタイト語、リディア語、リュキア語)があり、まとめてアナトリア語派と呼ばれる。

ヒッタイト語は粘土板と碑文で知られている。またヒッタイト帝国の碑文あるいは周辺国で用いられた言語として、ヒッタイト語に似たルウィ語、パラ語があり、ヒッタイト語同様に楔形文字で書かれた。「ヒッタイト象形文字」と呼ばれる文字は現在ではむしろルウィ語に近い言語を書くのに用いられたことがわかっており、「象形文字ルウィ語」とも呼ばれる。。

リディア語とリュキア語は旧ヒッタイト領で後に(紀元前4~5世紀頃)用いられ、ギリシャ文字に近いアルファベットで書かれている。ヒッタイト語かルウィ語に由来する可能性もある。

ヒッタイト語、ルウィ語には借用語が多く、特に非印欧語のフルリ(ミタンニ)語やハッティ(原ハッティ)語に由来する宗教用語が多い。ヒッタイト語が主要言語となった後でも、ヒッタイトにおける宗教的文書の多くはハッティ語、フルリ語アッカド語で書かれた。

その他に資料は少ないがカリア語、ピシディア語、シデ語、ミリヤ語などが知られる。アナトリアはアレクサンドロス大王の東征以後、ヘレニズム文化に席巻され、一般にこの地の先住民言語は紀元前1世紀までに絶滅したと考えられている。

[編集] 言語の特徴と系統

ヒッタイト語は印欧語として最も古いものの1つと考えられるにもかかわらず、サンスクリットギリシャ語リトアニア語など古風な言語の示す複雑さを欠いている。

[編集] 文法 - 性、格

ヒッタイト語には通性と中性の2(あるいは生物と無生物か)しかない。名詞には5しかなく(サンスクリットリトアニア語には8格ある)、その中の一部は一般の斜格(述語に用いられる格)語幹に接尾辞をつけただけのようにみえる。動詞もサンスクリットやギリシャ語のような複雑さを持っていない。このような文法の単純さはヒッタイト語が分化したあとに起こったものかもしれない(例えば他の言語と異なり、親族名称に幼児語的なものが多いことから、創始期における社会の急激な変動が示唆されている)が、逆にヒッタイト語やトカラ語の文法の単純さこそが印欧語の古層を保存していて、その後その他の言語に変化が生じたとする説もある。

[編集] 喉音

ヒッタイト語には喉音が残っている。これらは1879年、他の印欧語の母音音価にもとづいてフェルディナン・ド・ソシュールが仮説を出したが、他の知られている印欧語には単独の音素として残っていない。ヒッタイト語ではいくつかの喉音がh として書かれる。ヒッタイト語はこの点では非常に古風であり、喉音の発見はソシュールの仮説をみごとに確証したのである。

[編集] 系統

以上の喉音の存在および文法的単純さから一部の比較言語学者は、アナトリア語派は他の印欧語各語派祖語よりも早い時期に原印欧語から分かれたと考えている。「インド・ヒッタイト(超)語族」を想定してこれからアナトリア語派とその他の印欧語諸語派が分かれたと考える人もいる。

2003年にニュージーランド・オークランド大学のラッセル・グレー博士らが、分子進化学の方法(DNA配列の類似度から生物種が枝分かれしてきた道筋を明らかにする系統分析)を応用して印欧語族の87言語を対象に2449の基本語を調べ、言語間の近縁関係を数値化しコンピュータ処理して言語の系統樹を作った。その結果紀元前6700年ごろヒッタイト語と分かれた言語がインド・ヨーロッパ語族の起源であり、ここから紀元前5000年までにギリシャ語派アルメニア語派が分かれ、紀元前3000年までにゲルマン語派イタリック語派が出来たことが明らかになったという。インド・ヨーロッパ語族の起源として考古学的には、紀元前4000年頃の南ロシアのクルガン文化と、紀元前7000年頃のアナトリア農耕文化の2つの説が有力視されていたが、以上の結果は時代的にはアナトリア説を支持するものである(Russell D. Gray and Quentin D. Atkinson, Nature 2003, 426(6965):435-9.)。

ただし従来ヒッタイト人は紀元前2000年頃に黒海方面から南下したというのが通説であり、彼らが一貫してアナトリアにいたという証拠はない。


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