デンタルインプラント
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デンタルインプラントとは、歯の欠損を歯の機能を代用させる目的で顎骨に埋め込む人工的な物質。現在ではチタンが多く使われる。
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[編集] 概要
英語のdental-implantからの輸入語でデンタルインプラントと呼ばれ、単にインプラントと略称されることが多い。その他、人工歯根、口腔インプラント、歯科インプラントなどの呼称がある。インプラント体を手術的に顎骨に植えて、創治癒を待った後にその上に人工歯冠・上部構造をつける一連の治療を、インプラント治療と呼び、ブリッジや有床義歯と違って、天然歯の状態により近い機能・形態の回復が得られ、また周囲の歯を削ったり、それらに負担をかける必要がないため、インプラント治療を受ける人は近年、激増している。
現在、実用に供されている人工臓器の中では、最も完成度の高いものであると考えられる。
インプラント治療にはしっかりした顎骨が必要なため、歯周病などで歯槽骨が破壊されている人は、顎骨のほかの部分や、腰などから骨を移植して、人工歯根を埋め込む土台となる骨を構築する手術を必要とする場合がある。
[編集] 歴史
失った歯を人工材料で補う試みは古くから行われてきた。上顎骨に鉄製のインプラントが埋まった紀元2世紀から3世紀の古代ローマ時代の人骨が発見されており、このことはすでにインプラント治療が試みられていたことを示している。5世紀のマヤ文明の遺跡で発掘された下顎骨には天然の抜去歯2本と貝でできたインプラントが埋まっており、歯石がついている事からかなり長期に機能した事を示しており世界で最初の実用に耐えたインプラントだと考えられている。日本においても16世紀の木製の総義歯が残っており、すり減り具合からこの義歯が長年使用したことが推測されている。
インプラントが臨床に登場したのは1910年代。1910年代にはバスケット型、1930年代にはスクリュー型、1940年代にはらせん型のインプラントが考案された。しかし予後は著しく悪かった。インプラント治療最大のブレークスルーと言われるのが1952年スウェーデンのプローネマルク教授によって、チタンが骨と結合することが発見され、チタンがインプラントに応用されるようになった事。これによりしっかりと骨に結合するインプラント治療が可能になった。動物実験を経て、1962年から人間に本格的にインプラント治療が行われるようになった。ただ、ブローネマルク教授が歯科医師ではなかった事などがあり、批判的な立場の歯科医師も多く普及には至らなかった。大きなターニングポイントとなったのは1982年のトロント会議。そこで予後15年の症例が報告され、一大センセーショナルを巻き起こし、北米を中心に普及が始まった。インプラントの形態は大きく分けてブレードタイプと呼ばれる板状のものとルートフォームと呼ばれる歯根様のタイプがあるがルートフォームが主流になり現在に至る。ルートフォームは当初はシリンダータイプと呼ばれる滑らかな表面だったが、ネジ状の形態の方が初期固定に有利とわかり、現在のインプラントにはネジ山(スレッド)がつくタイプになっている。また1991年に表面が機械研磨(いわゆる削りだしの状態)より強酸で表面処理をした方が骨との結合がより強くなるという論文が発表され、それ以降各社表面をブラストや強酸により処理しラフサーフェス(微小粗雑構造)を作るようになり表面性状の良さを競っている。現在さらに表面をフッ素コーティングをする事により骨伝導と石灰化が惹起され、治癒が早まると注目されている。日本ではまだ認可されていないが数年のうちに日本でもフッ素コーディングタイプのインプラントが登場する事が予想される。このようなインプラントの改良により予後は日々向上している。また適応も骨再生誘導療法などが開発され、歯槽骨の再生により拡大している。
[編集] 構造
インプラントは顎骨に埋入されている本体のフィクスチャー(インプラント体)とフィクスチャーに接続され支台となるアバットメント、アバットメントに装着する上部構造からなる。
[編集] 治療計画方法の分類
インプラントの治療計画作成の方法には 補綴主導型(トップダウントリートメント)と外科主導型の2種類がある。
- 補綴主導型(トップダウントリートメント)は模型上でモックアップを作り機能的、審美的に最も適した最終補綴物(上部構造)の位置を決め、それに基づきフィクスチャーの埋入位置の決定、それにあたって歯槽骨、歯肉を望ましい条件に整えるという治療計画の立て方である。
- 外科主導型は歯槽骨の状況等を考慮し、もっとも有利な位置にフィクスチャーを埋入し最終補綴物の位置はフィクスチャーの埋入位置により制限される。フィクスチャーありきの治療計画の立て方である。
インプラント手術の目的はフィクスチャーの埋入ではなく、機能、審美の両面の改善であるため 理想的にはトップダウントリートメントが望ましい。しかしトップダウントリートメントでは骨量として必ずしもベストではない位置にフィクスチャーを埋入する事となるためGBRが必要となる事が多くなり人工骨などの充填材の質に依存する事となる。一時期はトップダウントリートメントでの治療計画が流行したが人工骨の吸収による不良予後のケースも散見されたため、現在は外科主導型でフィクスチャーをしっかりと埋入するという事に重きをおくという考えに揺り戻しがおこっている状況である。ただ、トップダウントリートメントが理想であるという事実は変わりなくより吸収の少ない精度の高い人工骨等の充填材の開発により将来的にはトップダウントリートメントが主流になると考えられる。
[編集] 術式
インプラントの術式は1回法と2回法の2つがある。近年はインプラントの改良により初期固定が格段に良くなったため、フィクスチャーの定着率は1回法と2回法 で有意差はほとんどなくなってきている。よりシビアなケースの場合、またGBR等の骨増生手術を同時に行う場合は2回法が選択され、その他の場合には1回法が選択される。1回法の場合は即日仮歯を入れる即時加重を行えるメリットもある。ただ、通常小規模な診療所では導入しているインプラントの種類は1ないし2種類であるため、導入しているインプラントの種類で術式が決まる場合も多い。
[編集] 1回法の術式
- インプラント埋入予定部の歯肉弁を剥離する。
- 骨をドリリングしてフィクスチャーを埋入。
- アバットメントもしくは高さのないヒーリングアバットメントをフィクスチャーに連結。(場合により仮歯を入れる)
- オッセオインテグレーション(インプラントが骨にしっかりと固定された状態)した時点でアバットメント(ヒーリングアバットメントを入れている場合はアバットメントに交換)に最終補綴物を被せる。
[編集] 2回法の術式
- インプラント埋入予定部の歯肉弁を剥離する。
- 骨をドリリングしてフィクスチャーを埋入。
- フィクスチャーのネジ穴の部分をカバースクリューで蓋をして、剥離した歯肉を閉じる。
- オッセオインテグレーション(インプラントが骨としっかりと固定された状態)した時点で2次手術を行う。
- 2次手術では歯肉を再度剥離しカバースクリューを外しヒーリングアバットメントと交換し歯肉を閉じる。
- 2次手術後1ヶ月程度あけ歯肉の形が整った段階でヒーリングアバットメントをアバットメントと交換し、最終補綴物を被せる。
[編集] 補助手術
上顎洞底に近い、下顎神経に近接している、骨量が垂直的または水平的に少ない等の場合にそれを解決するために補助手術が行われる
- GBR-メンブレンを用い骨誘導のためのスペースを確保する。術前にあらかじめ行う場合と術中に行う場合がある。メンブレンの中に人工骨や術中集めた自家骨を入れる場合も多い。
- リッジエクスパンジョン(スプリットクレスト)-骨の幅が足りない場合行う手術。歯槽骨頂にくさびのような器具をいれ幅を押し広げる。
- ソケットリフト-上顎洞底を挙上させる方法。項目参照
- サイナスリフト-上顎洞底を挙上させる方法。項目参照
- 下顎神経移動術(下歯槽神経側方移動術)-下顎神経に近接している場合神経そのものを移動(多くは側方)させるもの。麻痺が一時的には必ず出るため日本ではほとんど行われない。
[編集] 咬合・補綴
天然歯の場合は歯根と骨の間に歯根膜があるため咬合した際30μm沈下する。しかしインプラントの場合はフィクスチャー(インプラント体)が骨にダイレクトに固定されているため、沈下量は5μmである。そのため、天然歯と同等の咬合を与えるとインプラントにオーバーロード(過重負担)がかかり補綴物の破損、インプラントのロスト等の問題が起こる。そのためインプラントの咬合調整は歯根膜がない事を考慮し天然歯より25μm低く調整する。
ナソロジー的な咬合の考え方として前歯は臼歯が完全に沈下した時点で初めて前歯部が接触する咬合の付与が推奨されている。臼歯部の歯根膜による沈下量は前述の通り30μmであるため上下歯で合計60μmとなるが、前歯部にも当然歯根膜があるため補正され、天然歯の場合は臼歯が軽く咬み合う際に前歯部は30μm離開している事が望ましい。一方でインプラントの場合は歯根膜がないため前歯部の調整の際は60μmの離開量が必要となる。
インプラントを臼歯部で3本並べて配列する際、一本を2~3mm横にずらして配列するとベクトルが分散され水平力が20~60%軽減するという報告がある。この配列方法の事をオフセット配列と呼ぶ。
[編集] ロストの原因
インプラントは様々なデータがあるが一般的に200本入れると5本は定着せずに脱落(ロスト)してしまう。 ロストの原因には以下のものが考えられる。
- 感染
- 上部構造に対するオーバーロード(過重負担)
- 火傷-ドリリングの際の発熱による火傷により定着しない場合がある。概形を掘る場合はさほど問題がないが、インプラントに接する面に関しては低速でできるだけ発熱を抑えてドリリングをする必要がある。
- インプラント周囲炎-インプラントも天然歯における歯周病と同様に感染を起こし、インプラント周囲の骨を失う事がある。経年的にロストする一番の原因がこれである。予防には定期的な検診、ケアが有効。主にチタンでできているインプラント自体は半永久的とも言える長さでもつものであるが、それを受け入れる人体の方は感染等のリスクに常にさらされ、また経年的に変化する有機体である。「インプラントはどのくらい持つのか?」という命題に対しては平均的なデータは存在するが、すべての人が平均寿命まで生きる事ができないのと同様にあくまで個人の遺伝的性質、ライフスタイル等に大きく左右される一人一人異なるものだという理解が手術を受ける患者サイドもにも必要である。
この他に近年、オッセオインテグレーションに関与する遺伝子が発見され注目されている。これは遺伝子的にインプラントが定着しづらい人の存在を示唆する。将来的には術前にインプラントに適した体質かどうか検査を行うという展望が予想され、それによりインプラントの成功率の向上が期待されている。この分野の研究はアメリカで特に進み日本では岡山大学歯学部などで研究されている。
[編集] メリット、デメリット
メリットには、以下のようなものがある
- 天然歯のように顎の骨に固定するので、違和感がなく固いものを噛むことができるようになる。
- 隣の歯を削る必要がなく、他の歯に負担をかけない。
- 見た目が天然歯に近い。
デメリットとしては
- 歯槽骨を切削する必要があり、稀に術後の後遺症を起こすことがある。
- 全身疾患がある場合には治療できない場合がある。
- 骨から体外に直結する構造のため、天然の歯周組織と比べやや感染の危険性が高くなる。従って人工歯根を維持するためには、口腔衛生の管理と定期的な検診が必要となる。
- 日本では健康保険の適用対象外であり、世界的にも医療保険でカバーされる国はない。
自由診療(保険外診療)となるので、現状ではかなり多額の治療費がかかり、社会的には健康面における国民の2極分化を拡大する懸念は存在する。 インプラントが骨性癒着するという点を欠点であるとする向きもあるが、実際には利点でもあり、功罪半ばするというのが適切である。すなわち、天然歯は骨のなかに歯根膜によりハンモック状に吊されており、生理的に動揺するだけでなく継続的に弱い力が加われば移動する。ブリッジの支台とする場合などは多かれ少なかれこの生理的動揺を利用しているわけだが、そのため天然歯は長期的には大きな位置移動や傾斜を起こし、これを放置すれば、咬合性外傷・歯周疾患の増悪などの機序を通じて、歯列の全面的崩壊に至る危険すらある。インプラントにはそれがなく、また被圧変位も少ない。このため天然歯と同様に、十分な調整がなされていない場合、長期的にみると周囲の天然歯との位置関係の不調和、関節など顎全体の不調和の原因となる可能性も否定できない。
[編集] 課題
骨の再生や増生は可能であるが、インプラント周囲に歯根膜を再生させることは出来ない。この歯根膜がインプラントに存在しないことが、天然歯と比べた時の大きな相違点である。歯根膜は噛む力の感知の役割を果たす感覚器でもあり、歯根膜のないインプラントは、咬合機能圧に対する反応が天然歯とは異なると報告されている。天然歯とインプラントを長期に並存させようとする場合に不具合が生じることがありうる。
また、歯科医師の過剰および政府による診療報酬削減により、新しくインプラント治療を始める歯科医師も多く、手術の技術、経験、経過観察などのレベル差が大きいといったことがある。
[編集] 応用
インプラントは単独での埋入に加えて下記にあげる用い方もある。
- ボーンアンカードブリッジ-下顎で5~6本、上顎で6~8本のインプラントを用い、セメント等で上部構造を連結固定するブリッジ形態の補綴方法。4本ですべておこなうものを特にall on 4(後述)と呼び近年症例が増えている
- all on 4 -無歯顎患者に対し、4本のフィクスチャーで片顎すべての補綴を完了する方法。比較的新しい概念であり、エビデンスならびに臨床データに乏しい。
- カンチレバー -上顎洞への近接等インプラントが難しい部位に対し延長ブリッジ(片持梁)の形で上部構造を作成し補綴する方法。インプラントの寿命が短くなると言う意見もあるが通常の埋入と比較して予後に有意差はないという報告もある。[1]
- ミニインプラント -矯正のアンカーとして用いる補綴目的ではない小さな径のインプラント。直径2mm前後(通常のインプラントは3~5mm前後)。頬側に打ち大臼歯の遠心移動、口蓋に打ち大臼歯部の圧下のそれぞれ固定源として用いる。
- インプラントを支台にしたオーバーデンチャー-数本のインプラントを支台にし、それの維持力で義歯を固定するもの。下顎で骨吸収が進み義歯が安定させられない際などに有効。
- インプラントによるブリッジ -埋入本数を減らす目的、また上顎洞への近接等インプラントが難しい部位を外す目的でインプラントを支台にしたブリッジをおこなう。天然歯との連結、ブリッジは近年の知見では禁忌であるがインプラント同士であれば問題ないとされる。
[編集] 種類
インプラントは世界に100~200種類が存在すると言われている。
日本で主に臨床で使われている代表的なものを以下に記す。
- ノーベルバイオケア社
- ブローネマルク-歴史が長く世界でもっとも普及しているインプラント。エキスターナルコネクトの代表。
- リプレイスセレクト-旧ステリオス社製のインプラントでノーベルバイオケア社がステリオス社を吸収したことによりリプレイスというブランドとなった。その後、インプラントのインターフェイスの潮流が、エキスターナルコネクトからインターナルコネクトへと変わり、リプレイスセレクトが開発された。
- ノーベルダイレクト-一回法のインプラント。ワンピースインプラント。
- アストラテック社
- アストラテックインプラント-世界屈指の製薬会社アストラゼネカのグループ企業。インプラントメーカーとしては後発であるが、その特徴である「インターナルコネクト」「コネクティブカウンター」などが他社に模倣されるなど、最新インプラントの基本形になっている。また、その他の特徴である「マイクロスレッド」により辺縁骨の吸収が少なく、「インターナルスリップジョイント」により、2次オペなどの術式が簡便であるなどの利点がある。
- ストローマン社
- ITIインプラント-比較的歴史が長く、症例数が多いインプラント。
- カルシテック社
- カルシテックインプラント-ハイドロキシアパタイト(HA)コーティングのインプラント。
- デンツプライ フリアデント社
- ザイブ-ドイツ製のインプラント。フィクスチャーにテーパーがあり、ネック部と根尖部の2箇所で初期固定が得られるようになっている。
- アンキロス
- フリアリット2
- 日本メディカルマテリアル(京セラと神戸製鋼所それぞれの医療材料部門の統合によって設立)
- POI-国産インプラントとしては最も歴史のあるインプラント チタン合金をベースに、表面に陽極酸化処理を施したタイプとハイドロキシアパタイト(HA)コーティングタイプがある。
- POI EX-2006年に発売となった、上記POIのフルモデルチェンジ版 初期固定性能の向上と、より高度な審美的要求に応えることを目的に開発された。
- プラトン社
- プラトンバイオ-日本製のインプラント。HAコーティングがされている
- アドバンス社
- AQB-国産インプラント。HAコーティング。
[編集] 認定制度
日本歯科医学会の専門分科会である日本口腔インプラント学会がインプラント治療従事者への認定制度を設けている。
- 歯科医師-2007年に旧制度の認定医制度が廃止され新たに専門医、認証医制度が発足。
- 歯科衛生士-2007年にインプラント専門歯科衛生士制度が発足。
- 歯科技工士-2007年にインプラント専門歯科技工士制度が発足。
[編集] 画像一覧
除去されたフィクスチャー(インプラント体)- 以前多用されたサファイア製、ブレードタイプのインプラント |
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[編集] 脚注
- ^ 『インプラントを支台としたカンチレバーの10年後の調査』Curtis M Becker「Quintessence International」6/2004