デイル・ダイ
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デイル・アダム・ダイ Dale Adam Dye |
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生年月日 | 1944年10月8日(63歳) |
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出生地 | アメリカ合衆国・ミズーリ州 |
民族 | アメリカ人 |
ジャンル | 俳優(映画) 実業家 |
主な作品 | |
『沈黙の戦艦』 『バンド・オブ・ブラザース』 |
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デイル・アダム・ダイ大尉(Captain Dale Adam Dye, 1944年10月8日 - )は、アメリカ合衆国の俳優、司会者、実業家であり、ベトナム戦争で戦闘に参加した退役海兵隊員である。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 若年期・海兵隊時代
ダイはミズーリ州ケープジラードにデラ・グレースとデイル・アダム・ダイの子として生まれる。彼は士官候補生としてミズーリ陸軍士官学校を卒業した。大学に行く学費がなかったため、1964年1月、アメリカ海兵隊に入隊し、ベトナムへ派遣される。彼は1964年から1965年、1967年から1970年の間、ベトナムで海兵隊通信兵として軍務を努め、31の主要な戦闘を生き延びた。戦時中、彼は戦闘で負傷したため、ブロンズスター勲章と名誉負傷勲章3個を授与された。
彼は13年間、海兵隊下士官として過ごし、曹長に昇格した。彼は海兵隊の士官候補生学校(OCS)の参加者に選ばれ、1976年に准士官に任官される。彼は後に任務を転換し、大尉となる。ダイはベトナムでは結束した集団である海兵隊戦闘通信兵たちの間で有名だった。彼の処女作ベトナム半自伝小説『The Short-Timers』、そして彼の二作目『The Phantom Blooper』での彼の性格も含めて、彼を「ダディD.A」(彼は戦闘通信兵の中で最年長だったので)と呼んだのが同僚の戦闘通信兵グスタフ・ハスフォードであった。
1982年から1983年までベイルート平和維持軍で大尉を務めた後、彼は様々な地位に就き、メリーランド大学カレッジで英語の学士号を取得した。1983年から1984年にエルサルバドルとニカラグアのゲリラの部隊を訓練したということで、中央アメリカの雑誌「ソルジャー・オブ・フォーチュン」の仕事をした。
[編集] 事業活動・その他
ダイは彼の会社の一部の映画にも登場した。彼は映画『カジュアリティーズ』に出演し、HBOのミニシリーズ『バンド・オブ・ブラザース』でロバート・シンク 大佐役も演じた。彼の会社も活動し、それは今では監督業の始まりでもある。『プライベート・ライアン』ではジョージ・C・マーシャル将軍の側近役を演じた。彼は他にも『スパイ・ゲーム』では、救出のシーンでウィリー指揮官役を、『ミッション・インポッシブル』ではCIAのフランク・バンズ役を、『スターシップ・トゥルーパーズ』ではブレイン・バグ捕獲の後の高級将校役などの端役を演じている。
1984年にアメリカ海兵隊を退役した後、ダイはカリフォルニアに会社を設立し、戦争映画での現実的な兵士の描写のために俳優の訓練を専門化している。1986年の映画『プラトーン』ではハリス大尉役を演じ、また、映画の軍事技術顧問も務めた。
さらに、ダイはKFIの日曜午後のラジオ番組で司会を担当している。また、ダイはゲームソフトの『メダル・オブ・オナー』シリーズでもコンサルタントとして関与している。彼は『メダル・オブ・オナー ヨーロッパ強襲』と『メダル・オブ・オナー ライジングサン』の登場人物でもある。
[編集] 叙勲
- ブロンズスター勲章
- 名誉負傷勲章(3)他