チーム青森
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チーム青森(-あおもり)は、青森県カーリング協会に所属する女子カーリングチーム。
2006年トリノ冬季オリンピックカーリング競技女子日本代表チーム。
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[編集] 来歴
- 2002年
- 4月、ソルトレイクシティ冬季オリンピックカーリング競技女子日本代表チーム「シムソンズ」のメンバー、小野寺歩(現姓:小笠原)、林弓枝の両名が、同チーム解散後も競技生活を継続し、次期冬季五輪への出場を実現するため、財団法人青森市文化スポーツ振興公社に、カーリングの指導などを業務とする嘱託職員として就職。(なお「シムソンズ」は同年11月に行われた第5回冬季アジア大会出場チーム選出トライアル出場を最後に解散)
- 2003年
- 4月、小野寺の誘いに呼応し、青森県内の大学に進学した目黒萌絵・寺田桜子を加えた4名で「フォルティウス」(五輪標語"Citius, Altius, Fortius." =「より速く、より高く、より強く」に由来)を結成[1]。
- 2004年
- 2月、第21回日本カーリング選手権優勝。
- 3月、06年トリノ五輪日本代表候補強化合宿兼選考会にて優勝。なお日本カーリング協会(JCA)の規約改正(スキップの名前をチーム名に入れる)により、同選考会時の公式チーム名は「チーム目黒」を使用していた。
- 11月、第14回パシフィックカーリング選手権優勝。2005年開催の第27回世界女子カーリング選手権への出場権を獲得する。この時点で日本カーリング協会は「チーム目黒」を2006年トリノ冬季オリンピックカーリング競技女子日本代表の最有力候補と目しており、翌年開催の第22回日本カーリング選手権に優勝し、かつ前述の世界選手権において日本の五輪カーリング競技(女子)出場権獲得が達成された場合、同チームをトリノ五輪代表に決定する方針を表明していた[2]。
- 2005年
- 2月、軽井沢国際カーリング選手権大会優勝。
- 同大会大会閉幕後、スキップの目黒が負傷(凍結した歩道で転倒、足を骨折)によりチームを一時離脱。同月開催の第22回日本カーリング選手権、3月開催の第27回世界女子カーリング選手権には「マリリンズ」~「河西建設女子」の本橋麻里(後に正式加入)を加えて臨んだ。
- 2月、第22回日本カーリング選手権出場。最終順位は2位。なお同選手権では日本カーリング協会の規約改正に伴い、チーム名を「青森県協会」に改めている。
- 同選手権における「チーム土屋」(=「チーム長野)」)との対戦結果(予選・決勝リーグとも敗退)を鑑みた日本カーリング協会が、協議の結果「オリンピック冬季競技大会日本代表(女子)選考会」の開催を決定。代表権獲得の条件として、「(国際試合で実績が上回る)「青森県協会(=チーム青森)」には1勝、「チーム土屋(=「チーム長野」)」には2勝すること」を課した[3]。
- 3月、第27回世界女子カーリング選手権出場。最終順位は9位。この結果、2006年トリノ五輪カーリング競技における日本女子チームの出場権(同選手権における過去3年間の国別ポイントの累積によって決定される。この場合は03~05年の累積)を獲得。なお同選手権ではリザーブとして「スーパーラヴァーズ」の小林愛が起用された。
- 4月、本橋麻里が青森明の星短期大学への進学に伴い、正式に加入。
- 5月、目黒が復帰。
- 11月、オリンピック冬季競技大会日本代表(女子)選考会出場。第1戦に勝利し、2006年トリノ冬季オリンピック日本代表権を獲得する。
- 2006年
- 2月、トリノ冬季オリンピックカーリング競技女子出場。最終順位は7位。
- 3月、第23回日本カーリング選手権優勝。2006年開催の第16回パシフィックカーリング選手権への出場権および、2007年開催の第29回世界女子カーリング選手権日本代表の内定を得る[4]。
- 3月31日、青森市文化スポーツ振興公社より小野寺と林が退職[5]。
- 5月1日、東北運動記者会より東北運動記者特別賞が授与される[6]。
- 5月17日、小野寺・林が競技の第一線から退き、休養する意向を公式に表明[7]。 目黒、寺田、本橋の3人は現役を続行して2010年開催のバンクーバー冬季オリンピック出場を目指す意思を表明した。
- 5月19日、主力メンバー(小野寺、林)の離脱に伴う「チーム青森」の戦力低下を考慮した日本カーリング協会が、協議により「チーム青森」、「チーム長野」の両者による「2007年世界女子カーリング選手権大会日本代表チーム選考会」の開催を決定[8]。
- 5月28日、「GALLOP」(長野県カーリング協会)の山浦麻葉が正式加入[9]。それに伴いポジション編成を刷新。(後述の「選手」の項目を参照)
- 11月、第16回パシフィックカーリング選手権出場。最終順位は3位。
- 12月17日、2007年世界女子カーリング選手権大会日本代表チーム選考会出場。「全5戦中3勝したチームが代表権を得る」という条件の下、3勝2敗で代表権を獲得。
- 2007年
- 1月、冬季ユニバーシアードトリノ大会カーリング競技出場。最終順位は3位[10]。
- 1~2月、軽井沢国際カーリング選手権大会2007出場。最終順位は3位[11]。
- 2月、第24回日本カーリング選手権優勝。
- 3月、第29回世界女子カーリング選手権大会出場。最終順位は8位(タイ)[12]。
- 9月、寺田が体調不良を理由として休養する意向を公表[13]。新メンバーとして石崎琴美が加入[14]。
- 11月、第17回パシフィックカーリング選手権出場。最終順位は2位。 なお2試合総当たり戦終了時の成績は7勝1敗で中国チームと1位タイであった。そのため事前に行われた[15]、両チーム各4人がストーンを投げ、ハウスの中心までの合計距離を競う「チームドロー」の結果により順位が決定[16]、日本チーム(=「チーム青森」)は同選手権2位となった。その後、同選手権ルールにより[17]同3位の韓国チームと世界選手権出場チーム決定戦を行い、これに勝利。日本女子チームの第30回世界女子カーリング選手権(2008年開催)への出場権を獲得した[18]。
- 12月、休養中だった寺田桜子がチームからの離脱を表明。それに伴い石崎琴美が正式メンバーとして加入[19]。
- 2008年
- 1月21日、第17回パシフィック選手権大会にリザーブとして出場した近江谷杏菜が正式メンバーとして加入[20]。
- 2月、第25回日本カーリング選手権優勝。同年3月に開催される第30回世界女子カーリング選手権の代表権を獲得した[21]。
- 2月、軽井沢国際カーリング選手権出場。準優勝[22]。
- 3月、第30回世界女子カーリング選手権出場。最終順位は4位[23]。
[編集] 選手
- 2003-2006年3月
- 小野寺歩 (右利き:セカンド→サード→スキップ)
- 林弓枝 (右利き:サード→スキップ→サード)
- 本橋麻里 (右利き:リザーブ→セカンド)
- 目黒萌絵 (左利き:スキップ→リード)
- 寺田桜子 (右利き:リード→セカンド→リード→リザーブ)
- 2006年5月以降
- 2007年12月以降
- 2008年1月21日以降
- 暫定的メンバー
- 小林愛 (右利き:リザーブ)
- 馬渕恵 (リザーブ)
- 余湖明日香 (右利き:リザーブ)
[編集] コーチ
- フジ・ロイ・ミキ(Fujikazu Roy MIKI)
- 阿部晋也
[編集] 戦歴
- 2004年
- 第21回日本カーリング選手権: 優勝
- 第14回パシフィックカーリング選手権: 優勝
- 2005年
- 軽井沢国際カーリング選手権大会: 優勝
- 第22回日本カーリング選手権: 2位
- 第27回世界女子カーリング選手権: 9位
- オリンピック冬季競技大会日本代表(女子)選考会: 第1戦で「チーム長野」に勝利し、トリノ五輪カーリング競技女子日本代表決定
- 2006年
- トリノ冬季オリンピックカーリング競技女子: 7位
- 第23回日本カーリング選手権: 優勝
- 第16回パシフィックカーリング選手権: 3位
- 2007年世界女子カーリング選手権大会日本代表チーム選考会: 「チーム長野」に勝利し、同選手権代表内定
- 2007年
- 冬季ユニバーシアードトリノ大会: 3位
- 軽井沢国際カーリング選手権大会: 3位
- 第24回日本カーリング選手権: 優勝
- 第29回世界女子カーリング選手権: 8位
- 第17回パシフィックカーリング選手権: 2位
- 2008年
- 第25回日本カーリング選手権: 優勝
- 軽井沢国際カーリング選手権大会2008:準優勝
- 第30回世界女子カーリング選手権: 4位
[編集] 出版物
[編集] 書籍
- 「カーリングガールズ」(エムジー・コーポレーション、2007年)ISBN 4900253316
- 「カーリング魂。」小野寺歩著(小学館、2007年) ISBN 4093877084
[編集] 雑誌
- Sports Graphic Number 653号(2006年) 青春ストーン
[編集] DVD
- 「国際オリンピック委員会オフィシャルDVD トリノ2006オリンピック冬季競技大会 カーリング」(日活、2006年)
- 「CURLING LIFE -バンクーバーへの道-」(NTTラーニングシステム、2007年)
[編集] その他
- トリノオリンピック以前、日本カーリング選手権の観客数は100名程度であった。しかし同五輪閉幕後に開催された第23回日本カーリング選手権では1000人を超え、入場者制限が行われた[24]。
- 2006年5月2日から旅行会社エイチ・アイ・エスのテレビCMに初出演。ハワイアンシャツとショートパンツというスタイルでカーリングをする内容。
[編集] 脚注
- ^ 「カーリング有力選手が続々青森に」 東奥日報、2003年12月21日(日)
- ^ 「本県カーリング女子世界選手権へ」 東奥日報、2004年11月26日(金)
- ^ 「県協会 決勝で敗れる/カーリング」 東奥日報、2005年2月27日(日)
- ^ 「カーリングT青森が日本選手権V」 東奥日報、2006年3月12日(日)
- ^ 「チーム青森・小野寺さんと林さん 青森の4年間に感謝」 東奥日報、2006年4月4日(火)
- ^ 「チーム青森に東北運動記者特別賞」 東奥日報、2006年5月1日(月)
- ^ 「T青森の小野寺、林が卒業会見」 東奥日報、2006年5月17日(水)
- ^ 「T青森 世界選手権出場は決定戦で」 東奥日報、2006年5月19日(金)
- ^ 「チーム青森の新メンバー決まる」 東奥日報、2006年5月28日(日)
- ^ 「チーム青森銅メダル/冬季ユニバ」 東奥日報、2007年1月26日(金)
- ^ 「チーム青森は3位/軽井沢国際」 東奥日報、2007年2月4日(日)
- ^ 「チーム青森は通算4勝7敗で8位」 東奥日報、2007年3月22日(木)
- ^ 「チーム青森の寺田選手が休養」 東奥日報、2007年9月3日(月)
- ^ 「チーム青森、カナダ合宿へ出発」 東奥日報、2007年9月17日(月)
- ^ 「チーム青森が5勝目/P選手権 」 東奥日報、2007年11月22日(木)
- ^ 「チーム青森が2位/P選手権」 東奥日報、2007年11月24日(土)
- ^ 2007PACIFIC CURLING CHAMPIONSHIPS RESULT 日本カーリング協会
- ^ 「日本女子が世界選手権出場権獲得」 東奥日報、2007年11月24日(土)
- ^ 「寺田桜子がチーム青森を離脱」 東奥日報、2007年12月18日(火)
- ^ カーリング チーム青森に近江谷選手加入 陸奥新報、2008年1月22日(水)
- ^ 「チーム青森が3連覇/日本選手権」 東奥日報、2008年2月11日(月)
- ^ 「チーム青森は準優勝/軽井沢国際」 東奥日報、 2008年2月18日(月)
- ^ 「チーム青森、スイスに敗れ4位」 東奥日報、2008年3月30日(日)
- ^ 「来た、見た、勝った!/延べ5千人大観衆熱狂」 東奥日報、2006年3月13日(月)
[編集] 外部リンク
- チーム青森公式サイト
- Ayumi Onodera Player Statistics
- Yumie Hayashi Player Statistics
- Mari Motohashi Player Statistics
- Moe Meguro Player Statistics
- Sakurako Terada Player Statistics
- Mayo Yamaura Player Statistics
- Ai Kobayashi Player Statistics
- Megumi Mabuchi Player Statistics
- Asuka Yogo Player Statistics
- Kotomi Ishizaki Player Statistics
- Anna Ohmiya Player Statistics