ニック・ハイドフェルド
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F1での経歴 | |
国籍 | ドイツ |
生年月日 | {{{生年月日}}} |
没年月日 | {{{没年月日}}} |
車番 | 3 |
所属チーム | BMWザウバーF1 |
活動時期 | 2000 - |
過去の所属チーム | プロスト, ザウバー, ジョーダン, ウィリアムズ |
出走回数 | 137 |
優勝回数 | 0 |
通算獲得ポイント | 156 |
表彰台(3位以内)回数 | 8 |
ポールポジション | 1 |
ファステストラップ | 1 |
F1デビュー戦 | 2000年オーストラリアGP |
初勝利 | - |
2008年順位 | 5位 (16ポイント) |
(記録は2008年第4戦終了時) | |
ニック・ラース・ハイドフェルド(Nick Lars Heidfeld、1977年5月10日-)はドイツ、メンヒェングラットバッハ生まれのレーシングドライバー(2003年にザウバーでチームメイトとなったハインツ=ハラルド・フレンツェンも同じ出身地)。日本では「ハイドフェルド」と表記されることが多いが、ドイツ語の発音では「(ラルス・)ハイドフェルト」に近い音となる。
現役F1ドライバーで、2000年よりF1に参戦している。元ドイツF3ドライバーのSven・Heidfeldは実の弟。
目次 |
[編集] プロフィール
ドイツ国内のカート選手権でチャンピオンを獲得するなど活躍した後、1994年にドイツFF1600フォーミュラにステップアップ、1996年にドイツF3に参戦を果たし2年目となる1997年にタイトルを獲得した。1998年国際F3000へ。初年度ながらファン・パブロ・モントーヤとタイトル争いを演じる。が、最終戦で燃料規定違反が発覚し、ペナルティを受け最後尾スタートとなる。これでチャンピオンを逃しシリーズ2位で終わる。
1999年マクラーレンのテストドライバーを務める傍ら、引き続き国際F3000に参戦。4勝を挙げチャンピオン獲得、冷静なレース運びから「コンピューター・キッド」、「クイック・ニック」と称される。
[編集] F1
2000年にメルセデスの契約下、プロスト・グランプリからF1デビュー。チームは混迷期にあり実力は発揮できず、無得点に終わる。 2001年ザウバーに移籍。開幕戦の入賞、第3戦での表彰台などチームメートのキミ・ライコネンより多いポイントを獲得するも、ミカ・ハッキネン離脱で空いたマクラーレンのシートにはハイドフェルドでなくライコネンが座ることになり、メルセデス契約下にあったハイドフェルド本人は大きな失望を味わうことになる。
ザウバーに残留した2002年はルーキーのフェリペ・マッサを相手に、チームメイトよりは上回るものの、得たポイントは前年より下回る。2003年も同チームに残留、ベテランのハインツ=ハラルト・フレンツェンと組み、ポテンシャルの低いマシンに手を焼く。
2005年、アントニオ・ピッツォニアとのレギュラーシート争いを経て、ウィリアムズへ移籍し、母国の先輩のラルフ・シューマッハの後任として、マーク・ウェバーとコンビを組むこととなった。第2戦マレーシアGPで自身2度目の表彰台(3位)、第6戦モナコGPで自己最高位の2位、第7戦ヨーロッパGPでも初のポールポジション獲得からの2位と活躍を見せ、開幕前はセカンドドライバー的な見方が多かったが、ウェバーに対して互角以上の成績を残した。更なる活躍が期待されていた矢先、イタリアGP前のモンツァ・テストでのクラッシュの影響により、イタリアGP・ベルギーGPを欠場し、復帰を目指したトレーニング中に再度負傷してしまい、結局ブラジルGP以降の残り3戦全てを欠場することとなり、ウィリアムズの戦闘力低下と相俟って「尻すぼみ」の印象を与えることとなった。(しかし、この負傷についてはウィリアムズからBMWの新チームへ移籍するためにBMWと謀ったのではと噂が絶えなかった)
2006年からBMWがザウバーを買収して参戦することに伴い、BMWがウィリアムズからオプション権を買い取り、ドイツ人でありBMWのサポートを受けている彼はBMWザウバーのエースドライバーとしてレギュラー参戦することとなった。初めの12戦を元チャンピオンジャック・ヴィルヌーヴ、終盤の6戦を期待のルーキーロバート・クビサとともに戦い、2人を上回るポイントを獲得した。
2007年もロバート・クビサとタッグを組む。車の安定性やマクラーレンのスパイ事件にも助けられ、コンストラクターズランキングではフェラーリに次ぐ2位の獲得に貢献し、ドライバーズランキングでは6位のクビサに22ポイントの差をつけ、61ポイントを獲得し自己最高位の5位につけた。
2008年も引き続きクビサとのコンビでBMWザウバーより参戦。シーズン序盤は前年の快進撃から一転、クビサの後塵を拝するレースが目立つ結果となっている。2009年以降の契約更新を望むハイドフェルドとしては、中盤以降の挽回が期待されている。
[編集] 備考
2005年7月にはガールフレンドのパトリシア(事実婚)との間に長女を、2007年7月には長男を儲ける。 2007年からは立派なあごひげを蓄えて参戦。 2007年ヨーロッパGPの土曜日に長男のヨーダは誕生したのだが、「じゃあ、彼がひげを蓄えていたのはオビ=ワン・ケノービのつもりだったのか?」と、パドック内で茶化された(日本の一部F1雑誌でも、ユアン・マクレガー演じるオビ=ワン・ケノービに「そっくりさん」として掲載された)。どうも名付け親は内縁の妻のパトリシアらしく、ハイドフェルドは「パトリシアがその名前を思いついたんだけど、映画でその名前が使われていたなんて知らなかったし、特にその映画の大ファンでもない。ただ単にその名前が気に入ったんだよ」とコメントしている。誕生の知らせを聞いたハイドフェルドは、公式予選終了後に自宅のあるスイスまで戻り、日曜日にニュルブルクリンクに再び戻っている。ちなみに、娘のユニも2005年のフランスGPのレースウィークエンドに誕生している。
[編集] 経歴年表
- 1994年 ドイツFormula Ford 1600参戦 チャンピオン
- 1995年 ドイツFormula Ford 1800参戦 チャンピオン
- 1996年 ドイツF3参戦チーム:(Opel Team BSR)(マシン:ダラーラF396オペル)シリーズ3位.マルボーロマスターズF3参戦(チーム:Opel Team BSR)(マシン:ダラーラF395オペル)総合3位.マカオF3参戦(チーム:Opel Team BSR)(マシン:ダラーラF395オペル)総合6位 PPを獲得。
- 1997年 ドイツF3(チーム:Opel Team BSR)(マシン:ダラーラF397オペル)シリーズチャンピオン. マルボーロマスターズF3参戦(チーム:Opel Team BSR)(マシン:ダラーラF395オペル)総合7位.マカオF3参戦(チーム:Opel Team BSR)(マシン:ダラーラF395オペル)総合優勝 PP&FLを記録.F1テストドライバー,(マクラーレン(McLaren))公式テストドライバー
- 1998年 国際F3000参戦(チーム:West Competiton)(マシン:ローラB98/50ザイテック)3勝,2PP,3FL シリーズ2位 .F1テストドライバー,(マクラーレン)公式テストドライバー
- 1999年 国際F3000(チーム:West Competiton)(マシン:ローラB99/50ザイテック)4勝,4PP,6FL シリーズチャンピオン.ル・マン24時間耐久レース参戦(チーム:AMG Mercedes)(メルセデスCLR GT-1)事故により撤退。
[編集] F1での年度別成績
(2008年第4戦終了時)
年 | 所属チーム | 獲得ポイント | ランキング | 決勝最高位・回数 | 表彰台回数 | *予選最高位・回数 |
---|---|---|---|---|---|---|
2000年 | プロスト | 0 | 20位 | 8位・1回 | 0回 | 13位・2回 |
2001年 | ザウバー | 12 | 8位 | 3位・1回 | 1回 | 6位・2回 |
2002年 | 7 | 10位 | 4位・1回 | 0回 | 5位・1回 | |
2003年 | 6 | 14位 | 5位・1回 | 0回 | 4位・1回 | |
2004年 | ジョーダン | 3 | 18位 | 7位・1回 | 0回 | 13位・1回 |
2005年 | ウィリアムズ | 28 | 11位 | 2位・2回 | 3回 | 1位・1回 |
2006年 | BMW | 23 | 9位 | 3位・1回 | 1回 | 3位・1回 |
2007年 | 61 | 5位 | 2位・1回 | 2回 | 2位・1回 | |
2008年 | 16 | 5位 | 2位・1回 | 1回 | 5位・1回 |
*予選順位はペナルティなどを反映した決勝グリッド
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- ニック・ハイドフェルド 公式サイト(英語/ドイツ語)
2008年のF1世界選手権を戦うチームと出走ドライバー | |||||||||||
フェラーリ | BMWザウバー | ルノー | ウィリアムズ | レッドブル | トヨタ | ||||||
1 | ライコネン | 3 | ハイドフェルド | 5 | アロンソ | 7 | ロズベルグ | 9 | クルサード | 11 | トゥルーリ |
2 | マッサ | 4 | クビサ | 6 | ピケ | 8 | 中嶋 | 10 | ウェバー | 12 | グロック |
トロ・ロッソ | ホンダ | スーパーアグリ (第4戦まで) |
フォース・インディア | マクラーレン | |||||||
14 | ボーデ | 16 | バトン | 18 | 佐藤 | 20 | スーティル | 22 | ハミルトン | ||
15 | ベッテル | 17 | バリチェロ | 19 | デビッドソン | 21 | フィジケラ | 23 | コバライネン | ||