電気指令式ブレーキ
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電気指令式ブレーキ(でんきしれいしきぶれーき)は制動機構の一方式であり、主に鉄道車両に使用されるものを指す。英語ではECB(Electric Commanding Brake)と呼ばれ、自動車分野におけるブレーキ・バイ・ワイヤと同義である。その他、商品名として「全電気指令式電磁直通ブレーキ」や「全電気指令式電磁直通制動」などがある。
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[編集] 概要
鉄道車両のブレーキは自動空気ブレーキが古くから使われていたが、運転台にあるブレーキ弁からの指令を空気で各車に伝えているため、列車編成が高速化・長大化するにつれ応答性の低さが問題となってきた。これを改善する目的で、アメリカでは1930年代以降、日本でも1950年代後半以降、応答性の良い電磁弁を併用する電磁自動空気ブレーキ、また高加減速性能が要求される電車には電磁直通ブレーキが一般的に用いられるようになった。これら電磁弁を併用したブレーキシステムはブレーキ性能の向上に寄与したが、ブレーキ指令を送るのはあくまで運転台のブレーキ「弁」であった。
電気指令式ブレーキは、電磁直通ブレーキをさらに進化させたもので、運転台から空気管やブレーキ弁を廃し、電気的な指令のみで各車に搭載された直通空気ブレーキを制御する方式である。航空機におけるフライ・バイ・ワイヤをブレーキに応用したものと考えればよく、また近年のものは演算装置によりきめ細かい制御が可能であることから、電子制御方式のブレーキとも言える。
このシステムは1967年1月に完成した大阪市交通局7000・8000形電車用として、三菱電機が同局と共同で開発したOEC-1(大阪市交形式。メーカー形式はMBS)が実用化第1号であり、これは大阪万博の観客輸送用に当時240両が量産された大阪市交通局30系電車に採用されてSMEE/HSCブレーキに匹敵する高い信頼性を実証した。
その後は空気配管の削減やブレーキ指令そのもののデジタル化がもたらす配線の簡略化によるメンテナンス性の向上もあって、三菱電機のライバルである日本エヤーブレーキ(現・ナブテスコ)もHRD-1として同種のシステムを開発してこれに追従し、在来車との混用を考慮しなくても良い新規開業鉄道等から順次採用例が増えていった。
このため日本においては1980年代から電磁直通ブレーキに代わって電車の標準ブレーキ方式となっているほか、現在では、長らく自動空気ブレーキが採用されてきた気動車や客車にも採用される例が増えている。
ただし、フェイルセーフの観点から、電気指令式ブレーキとは別に非常管を備える例が一部に見られる他、自動空気ブレーキを併設して既存車との混結に備えているものも存在する。
[編集] 主な特徴
- 電気信号による指令は指令線を介してブレーキ制御装置に送られ、演算装置により各車両の中継弁を作動させることで最適な制動力が得られる。また、演算装置により電空比率を制御する電空協和制御も可能であり、遅れ込め制御などの新しいブレーキシステムにも適している。また、空気ブレーキはもちろん、油圧など他の方式での制動にも転用できる。
- 3本の常用ブレーキ指令線と1本の非常ブレーキ指令線を利用し常用ブレーキ7段もしくは8段と非常ブレーキ1段で構成されるものが大半だが、一部段階を省略し常用ブレーキ5段程度として使用する車両も少なくない。また、アナログ伝送またはデータ伝送により無段階のブレーキ制御を可能にしたものもあるが、この場合もブレーキ設定器には段階が設けられているのが普通である。なお、海外では無段階のものが大半である。
[編集] メリット
- 電磁直通ブレーキでは電磁弁を作動するためのジャンパ線のほか、指令を送る直通管、圧縮空気を各車両に送る元空気だめ管、非常時のバックアップを行うブレーキ管、これらの3本の空気管を引き通すが必要であった。これに対し電気指令式ブレーキでは元空気だめ管のみを引き通せばよいため、部品点数の簡略化から信頼性の向上、製作・維持整備コストの低減が図れる。
- 空気配管を運転室に引き込む必要がないので、主幹制御器と一体化できる。このため人間工学で理想とされる前方制動、手前力行のワンハンドルマスコン導入が可能になった。これを日本で最初に導入したのは東京急行電鉄の8000系電車である。しかし特異な例として、東急7700系は珍しく登場当初は電磁直通ブレーキながらワンハンドルであった。
- 回生ブレーキと空気ブレーキの分担をマイコンの演算で細かく調節でき、回生率向上を助けている。
[編集] デメリット
- 従来の空気ブレーキや電磁直通ブレーキとは直接的な互換性がないため、同ブレーキ式車両と連結してもそのままではブレーキの読替が行えない。これらを考慮して常用もしくは救援時用のブレーキ読替装置を別途搭載することがあるが、車両に電源が供給されていないと読替装置が使用できない。そのため、車両に電源が供給されない甲種輸送や配給輸送時に給電できない際は、仮設のブレーキ装置を別途搭載するか電源車などを別途連結し給電させた上で輸送する必要が生じる。
[編集] 近年の改良
- 滑走防止装置を付加するケースが多く、応答性の高さを活かして車輪の偏磨耗防止を支援している。
- ATOやホームドアを採用する路線では乗り心地向上と細かな停止位置あわせなどのためにATO使用時のみ常用31段など超多段階式のブレーキを採用(主に都営地下鉄三田線、東京地下鉄南北線)。
- 機構の異なる電磁直通ブレーキ車との連結を考慮し、ブレーキ指令の読替装置を搭載した車両が登場(小田急3000形、近鉄22000系、近鉄16400系、近鉄シリーズ21(3220系は除く)、JR東日本E217系など)。
- 広島電鉄5000形(グリーンムーバー)では油圧ディスクブレーキを電気指令式で無段階制御。
[編集] 代表的な製品
この他、近鉄のKEBS、東京地下鉄のTRTや大阪市交通局のOEC(いずれも三菱MBS形の局内呼称)など独自名称のものもある。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 伊原一夫 『鉄道車両メカニズム図鑑』 グランプリ出版、1987年