雪の降るまちを
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雪の降るまちを(ゆきのふるまちを)は、1952年にヒットした内村直也作詞、中田喜直作曲の歌である。
この曲の初出は1951年にNHKラジオで放送された連続放送劇「えり子とともに」の挿入歌としてであった。初回放送前日に時間が余ることが分かり、その時間を埋めるべく急拵えで制作されたが人気が出たため二番以降が制作され、高英男の歌唱によりレコードも制作されヒットした。
作曲者の中田がこの曲を作るに際しては、知人である菅原喜兵衛宅のある山形県鶴岡市で見かけた降雪風景がこのメロディを紡いだと伝えられ、現在も毎年2月に行われる「鶴岡音樂祭」ではフィナーレにこの曲が歌われている。(作曲者存命中は、本人が鶴岡に出向き自ら指揮していた。没後は夫人がその任を果たしている。)なお北海道旭川市も我が街が舞台として創られた歌と主張しており、冬期は街頭放送でメロディが循環演奏されている。
ショパン作曲「幻想曲ヘ短調作品49」の序奏のモチーフが使われている。
この歌は、「エスパー魔美」内のエピソード「雪の降る街を」で印象的な使われ方をしていたり、中田喜直の甥・中田佳彦が大瀧詠一と細野晴臣の共通の友人であり、後にはっぴいえんどとして活動を始める際の不思議な因縁となったことから、大瀧が佳彦へのトリビュートとして『多羅尾伴内樂團Vol.1』に「雪の降る町を」として取り上げるなど、いろいろな場面で重要な曲となっている。