防災士
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防災士(ぼうさいし)とは、特定非営利活動法人日本防災士機構が定めたカリキュラムに基づく一定の研修を履修し、資格取得試験に合格し、かつ消防署等が実施している普通救命講習を修了した者に認定される民間資格。
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[編集] 概要
防災士とは「自助、互助を原則として、社会の様々な場で、減災と社会の防災力向上のための活動が期待され、かつ、そのために十分な意識・知識・技能を有する者と認められた人」(日本防災士機構の定義による。2008年4月末現在で23,435人がその資格を取得している)。
災害について、防災・減災の考え方、災害発生の仕組み、防災の法令、被災時の情報伝達、救急救命等、総合的に修得している資格は、現在のところ国家資格も含めこの防災士のみである。
防災士の活動は、主として地震や水害、火山噴火、土砂災害などの災害において、公的機関や民間組織、個人と力を合わせて、以下の活動を行うとしている。
- 平常時においては防災意識・知識・技能を活かして、その啓発に当るほか、大災害に備えた自助・共助活動等の訓練や、防災と救助等の技術の練磨などに取り組む。また、時には防災・救助計画の立案等にも参画。
- 災害時にはそれぞれの所属する団体・企業や地域などの要請により避難や救助・救命、避難所の運営などにあたり、地域自治体など公的な組織やボランティアの人達と協働して活動。
[編集] 制度発足の背景
平成7年に発生した阪神・淡路大震災は、高度に集積した近代都市を直撃した初めての地震であり、犠牲者が6,400人を超える大災害となった。阪神・淡路大震災の最大の教訓の一つは「災害の規模が大きい場合には行政機関も被災するために、初動の救助救出、消火活動等が制限され、限界がある」ということであった。阪神・淡路大震災当時、国の対応の実務責任者は石原信雄(内閣官房副長官)であり、兵庫県の責任者は貝原俊民(知事)であった。
防災士制度は、阪神・淡路大震災を教訓として、民間の防災リーダーを可及的速やかに養成する目的で、石原信雄、貝原俊民の両氏をリーダーとする民間組織「防災士制度推進委員会」によって創設され、制度設計は、国の専門調査会や各種検討会で座長経験豊富な廣井脩(元東京大学大学院情報学環教授、2006年4月死去)らの学識経験者が行った。そして、防災士制度の推進母体としてNPO法人日本防災士機構(東京都千代田区、現会長 古川貞二郎(元内閣官房副長官))が平成14年7月に内閣府認証によって設立された。
[編集] 防災士の位置づけ
災害が発生した際の活動は、「自助:自らを守る行動」「共助:地域市民とともに助け合う行動」「公助:国や自治体による行動」の3種類がある。
このうち公助活動の実際は、自治体職員によって行われる他、高度の専門的活動については専門の資格保有者[1]や、それらを擁する学協会・業界団体・専門会社が、国や自治体からの要請を受けて、活動が行われる。
一方、災害の発生直後から初期段階における活動(公助の動き出す前の活動)については、自らの力と、近隣住民同士の協働で切り開いていかねばならない。この自助・共助の活動を災害発生時に実践する人材として「防災士」の資格を位置づけている。また平常時についても、これら自助・共助による防災活動について、その重要性等を啓蒙する活動の担い手としても期待されている。
このような自助・共助の防災活動に対する考え方は、阪神・淡路大震災以降、急速に発達した。この考え方を実践的に整理してきたのは災害ボランティア達である。この震災以降、災害ボランティアの組織化、大規模災害時の減災知識の集約化が進んできた。しかしそれでもなお、発生がある程度切迫している宮城県沖地震[2]や首都圏直下地震[3](東京湾北部地震)が実際におきた際には、これらの災害ボランティアらの活動だけでは、対応しきれないと予想されている。このため市民・国民の一人一人に、防災知識を持つよう育成が急がれている。
[編集] 展開
近年、企業による地域社会への貢献が、企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)として期待されている。この社会的背景を受け、災害時の初期段階における共助の活動を指向する企業が増えてきている。この受け皿として、防災士制度が活用されている(例えば郵便局やコンビニエンスストアなど)。また企業における災害時の事業継続計画(または緊急時企業存続計画、BCP:Business Continuity Plan)においても、企業内での防災知識を保有する人材の育成として、防災士制度に期待が寄せられている。
地域における防災リーダーの育成が急務であるとの観点から、防災士養成事業を実施したり、市民の受講に対して補助制度を設ける自治体も増えつつある。 これらの自治体では、硬直化しがちな自主防災組織を防災士によって活性化し、実効ある地域防災力の構築を図っているところが多い。 そもそも防災士制度が生まれた背景の一つとして、各地の自治体や各種の団体が、個別の基準で「防災リーダー」「防災コーディネーター」「セーフティーリーダー」(災害救援ボランティア推進委員会)等の称号を与えている状況の中で、「全国標準の一定レベルを有する防災リーダーが必要」という声が上がったことがある。
防災士教本の学習と3日間の座学、普通救命講習で十分なのかという指摘も一部にはあるが、関係者は、「まず裾野を広げることが重要で、将来さらにスキルアップした中級、上級、防災士を育てたい」としている。
[編集] 受講・試験内容
以下の3種の研修・試験・救急講習の全てを修了し、登録となる。
- 日本防災士機構が認定した研修機関、または自治体が実施する防災士養成事業による研修を受けて「履修証明」を得ること。
- 日本防災士機構の「防災士資格取得試験」を受験し、合格すること。
- 各自治体、消防本部、日本赤十字社等公的機関又はそれに準ずる団体の主催した「応急手当講習」(赤十字救急法救急員、救命講習)を受け、その修了証を取得すること。
研修の主な内容は、以下の通りである。
- 命を自分で守る(自助)
- 8講義
- 地域で活動する(協働・互助)
- 6講義
- 災害発生のしくみを学ぶ(科学)
- 6講義
- 災害に係わる情報を知る(情報)
- 5講義
- 最新の災害状況と最新防災技術を知る(防災)
- 6講義
[編集] 研修実施機関
日本防災士機構では、30万人の防災士を生み出すことを目標としている。そこで防災士資格取得の条件の一つである「防災士研修講座」については、同機構が直接行うのではなく、広く研修実施機関を募り、全国各地で講座を開催できる態勢を整えたいとしている。
現在、研修は静岡県や東京都世田谷区をはじめとする24の地方公共団体のほか5つの民間機関が実施している。もっとも多くの受講生を生んでいるのは、防災士研修講座のために設立された防災士研修センターで、全受講生(防災士)のうち約70%を養成している。
[編集] 防災士の組織
防災士の有志で組織する日本防災士会は、各地で支部を結成し、地元自治体や防災関連団体との連携を深めている。
鳥取県では日本防災士会鳥取県支部と鳥取県庁とが協定を結び、鳥取県内で開催される各種防災啓発イベントに、講師や運営リーダーを派遣することとなっている。そのほか、消防機関との合同訓練、機関誌の発行を行っている支部も少なくない。
能登半島地震に際しては、近隣の防災士が直ちに現地入りし、ボランティアセンターの立ち上げや運営、避難所支援のほか、輪島塗などの文化財保護活動等にも尽力している。
消防、警察、自衛隊などで救助活動の経験を有する防災士などが中核となって、「日本防災士会災害救援チーム」を立ち上げ、大規模災害時における支援活動に備えている。
さらに消防団との連携を深めて地域の人々を守ろうと、防災士が「機能別消防団員」に加入しようという動きも活発化している。
[編集] 脚注
- ^ 防災のための専門的資格:例えば地すべりなどの地盤災害においては、技術士(応用理学地質や土質及び基礎)やシビルコンサルティングマネージャー(応用理学地質や土質及び基礎)などの資格を保有する個人の専門家がいる。他に、建築士やライフライン保守等の専門家もいる。
- ^ 宮城県沖地震は、地震調査研究推進本部により、今後30年以内の地震発生確率を99%としている。
- ^ 東京湾北部地震による被害は、死者約1万1千人、経済的損失約112兆円に上ると予想されている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
防災士について