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鉄剣・鉄刀銘文 - Wikipedia

鉄剣・鉄刀銘文

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

鉄剣・鉄刀銘文(てっけん・てっとうめいぶん)は、5世紀古墳時代の貴重な文字史料である。特に稲荷山古墳出土の鉄剣銘文は百年に一度の大発見ともいわれている。因みに、とは両刃で真っ直ぐな刃物をいい、は片刃の刃物をいう。

目次

[編集] 稲荷台1号墳出土「王賜銘」鉄剣

稲荷台1号墳千葉県市原市養老川下流域の北岸台地上に営まれた12基からなる稲荷台古墳群中の1基であり、径約28メートルの円墳である。同古墳には中央木棺と北木棺が置かれており、鉄剣は中央木棺から出土した。なお、中央木棺からは他に鉄剣3口、鋲留短甲(びょうどめたんこう)1、鉄鏃3、刀子1が出土している。北木棺からは大刀1口、鉄鏃一種、胡籙(ころく)金具1組が出土している。

[編集] 推定銘文

銀象嵌(ぎんぞうがん)で、表面に「王賜□□敬安」、裏面に「此(廷)(刀)□□□」と刻まれている。

[編集] 銘文の特徴

「王賜」の画線が他の文字よりも太く、文字間隔が大きい。また「王賜」の二字が裏面の文字より上位に配置されている。こうした書き方は、貴人に敬意を表す時に用いる擡頭法(たいとうほう)という書法である。

[編集] 年代

鉄剣に紀年が書かれていないが、木棺に収められていた鋲留短甲と鉄鏃の形式から五世紀中葉と見られている。

[編集] 銘文の内容

王への奉仕に対して下賜するという内容の類型的な文章である。 「王」は、倭の五王のうちの一人とみるのが通説。 五世紀中葉に房総半島の一角に本拠をもつ小首長が畿内の倭王のもとに武人として奉仕し、その功績によって銀象嵌の銘文をもつ鉄剣を下賜されるという関係が成立していた。

[編集] 稲荷山古墳出土の鉄剣銘

1968年(昭和43年)、埼玉県行田市稲荷山古墳から出土した鉄剣である。1978年9月の保存修理の結果、全文115字からなる金象嵌(きんぞうがん)の銘文が刻まれていることがわかった。

全長73.5センチメートル、中央の身幅3.15センチメートル、鉄剣の表裏に金象嵌の115字の銘文、表に57字、裏に58字が刻まれている。タガネで鉄剣の表裏に文字を刻み、そこに金線を埋め込んでいる。極めて優れた技術者がいたのであろう[1]

[編集] 推定銘文

辛亥年七月中記乎獲居臣上祖名意富比垝其児多加利足尼其児名弓已加利獲居其児名多加披次獲居其児名多沙鬼獲居其児名半弖比(表)

其児名加差披余其児名乎獲居臣世々為杖刀人首奉事来至今獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時吾左治天下令作此百練利刀記吾奉事根原也(裏)

[編集] 訓読

辛亥の年七月中、記す。ヲワケの臣。上祖、名はオホヒコ。其の児、(名は)タカリのスクネ。其の児、名はテヨカリワケ。其の児、名はタカヒ(ハ)シワケ。其の児、名はタサキワケ。其の児、名はハテヒ。(表)

其の児、名はカサヒ(ハ)ヨ。其の児、名はヲワケの臣。世々、杖刀人の首と為り、奉事し来り今に至る。ワカタケ(キ)ル(ロ)の大王の寺、シキの宮に在る時、吾、天下を左治し、此の百練の利刀を作らしめ、吾が奉事の根原を記す也。(裏)

[編集] 内容

[編集] この銘文の特色

115文字という字数は日本のみならず、朝鮮・中国の例と比較しても極めて多いことが分かる。日本で作られたと考えられる古墳時代の銘文で、今まで知られているものに、熊本県江田船山古墳出土の大刀銘75字と和歌山県橋本市隅田八幡宮所蔵の鏡銘48字がある。この銘文が日本古代史の確実な基準点となり、その他の歴史事実の実年代を定める上で大きく役立つことになる。辛亥年は471年が定説であるが、一部に531年説もある。通説通り辛亥年が471年とすると、ヲワケが仕えた獲加多支鹵大王とは、『古事記』『日本書紀』に出てくる大長谷若建(おおはつせわかたける)命・大泊瀬幼武(おおはつせわかたける)天皇であり、あるいは『宋書』倭国伝にみえる倭王であると判断され、大王という称号が5世紀から使われたことの確実な証拠となる。ヲワケは地方豪族か、中央豪族か、など研究者間で意見が分かれる。 「百練」以外の常套句・吉祥句がない。「辛亥年七月中記」中国的要素が強い。ヲワケの祖先八代の系譜を記している。ヲワケ一族の伝統とこの鉄剣を作った理由を記している。ヲワケの臣の父(カサハヨ)と祖父(ハテヒ)には、ヒコ・スクネ・ワケなどのカバネ的尊称がつかない。部民制(べみんせい)の用例がみられない。ヲワケの臣。すでにウジ(氏)とトモ(伴・部)の成立がみられる。当時の倭国の人名・地名を漢字音で表記している。獲加多支鹵大王のもとに、中国語に精通した記録者の存在を示している。

[編集] 江田船山古墳出土の鉄刀

1873年明治6年)、熊本県玉名郡和水町(たまなぐんなごみまち)にある江田船山古墳から、全長61メートルの前方後円墳で、横口式家型石棺(せっかん)が検出され、内部から総数92点にも及ぶ豪華な副葬品が検出された。この中に全長90.6センチメートルで、茎の部分が欠けて短くなっているが、刃渡り85.3センチメートルの大刀があり、その峰に銀象嵌(ぎんぞうがん)の銘文があった。字数は約75字で、剥落した部分が相当ある。おおよその内容は推察できるものの、今一つはっきりしたところがつかめない。

[編集] 推定銘文

[編集] 内容と訓読

[編集] 銘文の意義など

かつては「治天下犭复□□□歯大王」と読み、多遅比弥都歯大王(反正天皇)にあてる説が有力であったが、1978年に埼玉稲荷山古墳出土の鉄剣に金象嵌の銘文が発見されたことにより、「治天下獲□□□鹵大王」 と読み、獲加多支鹵大王(ワカタケル大王、雄略天皇)とする説が有力となった。 この銘文には、治天下、八十たび、十握などの強い日本調が混じっている。大王と王恩、四尺と一釜、十握と三寸などの前後を対応照応させて、漢文の本来の手法を巧みに利用している。年号はない。金象嵌の鉄剣と銀象嵌の鉄刀が製作され、それらを下賜された人物が、北武蔵野稲荷山古墳と肥後の江田船山古墳に埋葬されたことになる。『宋書』倭国伝に引く倭王武の上表文にみえる「自昔祖禰 躬擐甲冑 跋渉山川 不遑寧處 東征毛人五十國 西服衆夷六十六國」(東は毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国)の表現に対応するかのごとくである。

[編集] 岡田山と箕谷の鉄刀

1984年昭和59年)、保存修理中だった島根県松江市大草町岡田山1号墳出土の鉄刀に銀象嵌(ぎんぞうがん)の銘文が見出された。大正年間に出土した時はには完全であったが、その後刀身の半分が失われたために銘文もわずか末尾の12文字しか残っているに過ぎず、しかもさびが進んでいて解読できる御字が少ない。

[編集] 推定銘文

確実なのは、その中の「各田了臣」の四字だけであった。「各田了臣」は「額田部臣(ぬかたべのおみ)と読む。

[編集] 部民制

この太刀の出土した場所などから、額田部臣は出雲臣と同族であり、その地域の部民(べみん)の管理者であったと考えられている。(→部民制

また、同じ1984年(昭和59)兵庫県養父郡(やぶぐん)八鹿町(ようかちょう)の箕谷(みいだに)2号墳から鉄刀が出土した。

[編集] 推定銘文

現存長68センチメートルほどの鉄刀の佩裏(はきうら)に「戊辰(ぼしん)年五月□」の銅象嵌(どうぞうがん)で刻まれている文字が見つかった。おそらくこの刀が造られた年紀と考えられる。

[編集] 中国から伝来の中平刀

1962年昭和37年)奈良県天理市の東大寺山(とうだいじやま)古墳から金象嵌の長さ110センチメートルの鉄刀が検出された。推定銘文は、次の通りである。

「中平□□ 五月丙午 造作支刀 百練清剛 上応星宿 □□□□」

文の内容は、「中平□年五月丙午の日に、この銘文を入れた刀を造った。よく鍛えた鋼の刀であるから、天上では神の御意にかない、下界では災いを避けることができる。」という意味である。

[編集] 銘文の意義など

中平とは、霊帝の治世の184年 - 189年の期間の年号である。この頃のことは、『魏志』倭人伝には、倭国乱れ互いに攻伐し合い、長い間盟主なしと伝える、その後、卑弥呼が共立されて王となる、と書かれている。「五月丙午(へいご、ひのえうま)」とは、盛夏を意味し、刀剣や鏡などの金属器を造る時、太陽から火を採る最適の日と考えられている。実際の日の干支とは関係なく刻まれる。これは、めでたい文句・吉祥句であり、常に用いられる言葉・常套句である。日本の箕谷の鉄刀にも五月と刻まれている。東大寺山古墳は全長140メートルの前方後円墳で、4世紀後半頃に築造された。環状の柄頭(つかがしら)が新しくつけられていた。この柄頭は、三葉環頭と称されるもので、埋葬の直前に付け替えられたと考えられる。約200年も経て埋葬された。おそらく下賜された人物とその子孫が権威の象徴として「伝世」としたことによるものであろう。

[編集] 百済からの七支刀

[編集] 伝来の七支刀

七支刀(しちしとう)の名は、鉾に似た主身の左右に三本づつの枝刃を持ち、合わせて七本の刃が突き出ている形からつけられたと考えられる。そして、その主身に金象嵌の文字が表裏に61字刻印されている。

七支刀は、神功皇后の時代に百済の国から奉られたといわれ、奈良県天理市石上神宮(いそのかみじんぐう)に保存されていた。『日本書紀』神功皇后52年(252年?)九月丙子の条に、百済の肖古王が日本の使者、千熊長彦に会い、七支刀一口、七子鏡一面、及び種々の重宝を献じて、友好を願ったという意味のことが書かれている。

五十二年秋九月丁卯朔丙子 久氐等從千熊長彥詣之 則獻七枝刀一口 七子鏡一面及種種重寶 仍啟曰 臣國以西有水 源出自谷那鐵山 其邈七日行之不及 當飲是水 便取是山鐵以永奉聖朝 乃謂孫枕流王曰 今我所通東海貴國 是天所啟 是以垂天恩 割海西而賜我 由是國基永固 汝當善脩和好 聚斂土物 奉貢不絕 雖死何恨 自是後 每年相續朝貢焉(『日本書紀』神宮皇后摂政五十二年九月の条)

この年代は信頼が置けないが、この頃の書紀の記述は丁度干支二巡分(120年)年代が繰り上げられているとされており、訂正すると372年のこととなり、制作年の太和四年(369年)と対応する。なお朝鮮側の史書『三国史記』にはこの件に関する記述はない。 しかし、百済から日本へ七支刀を贈ったという内容は史実を伝えたものである。その七支刀の実物が石上神宮から現れた。石上神宮は、由緒正しき神宮で、『古事記』にその名が記されている。異例に近い。このような神宮域は、もと朝廷の武器庫であり、多くの武器を宝蔵した。七支刀はその一つである。

千年以上もその存在が忘れられていた七支刀が日の目を見たのは、菅政友(かんまさすけ、1824年 - 1897年、茨城大学図書館の一室に閉架の蔵書として菅文庫が設けられいる。同茨城大学のインターネットサイトにも、「菅政友について」というページが設けられており、当該ページのURLの中に、kan, masasukeと名前の読みが記されている。http://www.lib.ibaraki.ac.jp/kan-db/namazu-d/kai/kai-masasuke-kaisetsu.html )が、在任中に七支刀の存在に気づき、金象嵌の文字を研ぎ出して、論文に残したからである。

[編集] 銘文

  • 表・泰■四年■月十六日丙午正陽造百錬■七支刀■辟百兵宜供供(異体字、尸二大)王■■■■作
  • 裏・先世(異体字、ロ人)来未有此刀百済■世■奇生聖(異体字、音又は晋の上に点)故為(異体字、尸二大)王旨造■■■世

解釈

  • 表・泰■四年十■月十六日丙午正陽造百錬■七支刀■辟百兵宜供供侯王■■■■作
  • 裏・先世以来未有此刀百濟■世■奇生聖音故為倭王旨造■■■世

[編集] 推定銘文と読解

  • 〔表面〕泰始四年五月十六日丙午正陽 造百練鋼七支刀 呂辟百兵 宜供供侯王永年大吉祥
  • 〔裏面〕先世以来未有此刀 百□王世子奇生聖徳 故為倭王旨造 伝示後世 □に該当する字、辞書にない。
  • 〔表面〕「泰始四年(468年)夏の中月なる5月、夏のうち最も夏なる日の16目、火徳の旺んなる丙午の日の正牛の刻に、百度鍛えたる鋼の七支刀を造る。これを以てあらゆる兵器の害を免れるであろう。恭謹の徳ある侯王に栄えあれ、寿命を長くし、大吉の福祥あらんことを。」
  • 〔裏面〕「先代以来未だ此(かく、七支刀)のごとき刀はなかった。百済王世子は奇しくも生れながらにして聖徳があった。そこで倭王の為に嘗(はじ)めて造った。後世に伝示せんかな。」[2]

[編集] 銘文の特色

字数は、表に34字、裏に27字、表裏併せて61字あり、ある程度の確実性を以て、読めるもの49字、全く読めないもの4字、後の8字はわずかに残る線画によって推測するしかない。 表裏が判別できるのも、ある程度銘文の意味が分かってきたからである。表面は、製作の年月、鋳造に関する決まり文句(慣用的な吉祥句)、直接製作に当たった工人の名を記している。裏面は、倭王に贈るために百済において製作したと書いている。表裏の文の趣が違っている。

百済王の近肖王(太子の近仇首王=貴須王)から倭王の「旨」のために造った、との解釈もある。文面からは、対等の関係での贈与と考えられる。

[編集] 泰始四年について

最初の年紀が何としても一番知りたい所であるが、なかなか読めない。明治より今日まで議論百出で未だ定説はないが、泰■四年を泰始四年として468年を当てる説や、369年とする説などがある。また、百済王が七支刀を何故倭王に贈ったのか、ということについても議論百出である。

贈与の目的は、百済と倭国の軍事同盟の証という説が有力である。

[編集] 脚注

  1. ^ 推定銘文及び訓読は埼玉県教育委員会『稲荷山古墳出土鉄剣金象嵌銘概報』 1979年による。
  2. ^ 表面、裏面の推定銘文及び読解は宮崎市定『謎の七支刀 五世紀の東アジアと日本』 中公文庫 1992年1月による。


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