西谷岳文
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オリンピック | ||
---|---|---|
ショートトラックスピードスケート | ||
金 | 1998 | 男子 500メートル |
西谷 岳文(にしたに たかふみ、1979年1月17日 - )は元ショートトラックスピードスケート選手。現在は日本競輪学校第93期を卒業し、2008年1月に競輪選手としてのデビュー戦を迎えた。なお競輪選手としては、日本競輪選手会京都支部に在籍することになる。大阪府泉北郡忠岡町出身。
[編集] 来歴
忠岡東小学校3年生の時に野球のトレーニングのひとつとしてスケートを始め、忠岡中学校では野球とスケートの両方の選手として活躍する。
大阪府立貝塚高等学校1年の時に、現・サンコースピードスケート部監督の杉尾憲一と出会ったことがきっかけで、ショートトラックを本格的に取り組む。高校卒業後阪南大学に入学。
「浪速の弾丸」と形容されるスタートダッシュが持ち味で、長野オリンピックでは500メートルで金メダルを獲得し、日本の冬季オリンピック史上初の10歳代のメダリストとなった。
しかしソルトレークシティオリンピックでは直前に左足首を骨折し、同種目で8位に終わり2大会連続の金メダルとはならなかった。その後は韓国勢やアポロ・アントン・オーノなどの後塵を拝し、トリノオリンピックに出場したもののすでに全盛時の力はなく、500メートルで予選敗退するなど振るわなかった。
2006年5月15日に引退会見を行い、日本競輪学校を受験し競輪選手への転向を目指すことを表明。直近のオリンピックでの実績がなかったことから、一般の適性試験による受験となったが、引退会見直後に行われた第93期を受験し合格。競輪学校時代は在校競走成績第5位、卒業記念レースは決勝7着(優勝は谷田泰平)となり、2007年10月19日に同校を卒業した。
競輪学校入学以前より元競輪選手である松本整が経営するスポーツジム、「CLUB KONG」(京都府長岡京市)でトレーニングを積んでいた縁もあって、競輪選手としての登録地は京都となり、京都向日町競輪場をホームバンクとすることになった。競輪選手になるにあたっての師匠は村上義弘。2008年1月2日にホームバンク・向日町で競輪選手デビュー。またデビュー戦で初勝利を挙げた。