聖マッスル
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『聖マッスル』(せんとまっする)はふくしま政美画、宮崎惇原作の肉体をテーマにした少年漫画である。
目次 |
[編集] 概要
1976年32号-1977年1号まで少年マガジンに連載された。荒廃した世界で記憶をなくした主人公が、旅をしながら真の人間の生き方を模索していく。モデルとなった舞台は、古代エジプトかバビロニア、あるいはヨーロッパ全域であろう。ギリシア彫刻のような肉体美をモチーフに、さまざまなテーマを扱った作品となっている。
本作の脚本は、『女犯坊』から共通する特殊な姿勢で作られている。すなわち、作者ふくしまの描きたい絵が主軸に置かれており、ふくしまのイメージを編集者に口頭で伝えられた原作者が、それに沿ったストーリーを考える、という手法によって構築されている。よって、本作のハイライトシーンは、全てふくしまが初めからイメージしていたものである。
マガジンKC(全四巻)は絶版だが、太田出版による復刊の後、講談社より文庫版も発売された。現在はゴマブックスより上下巻に分かれた単行本が出ている。
[編集] 作品背景
本作の開始した1976年は劇画爛熟期であり、小池一夫、さいとう・たかを、飯島市朗、由起賢二などの劇画群が高年齢のマニア層に熱烈な支持を得ていた。これらの作品は、画においては激しい描き込みと筋骨隆々たる人体に特徴があった[1]。 その中でもふくしまは、寡作ながらその「おぞましい」とすら評される肉体表現で抜きん出ており、カルト的人気を博していた。
当時のマガジン編集部員も、ふくしまの代表作の一つ『女犯坊』に魅せられた一人であり、慣例[2]を破る破格の扱いで本作の連載を開始。2週に渡りインパクトのある予告(主人公の尻のアップなど)を載せるなど、編集部が意欲満々だったことが伺える。ふくしまからも、本作で漫画賞を取るという乗り気の発言が見られたという[3]。
ところが、いざ始まってみる人気は最下位[4]。少年漫画においてはすでに劇画が主役の座を降りようとしていた時期であり、劇画界ですら異彩を放っていたふくしま作品は、到底少年マガジン読者に受け入れられるものではなかった。 やむなく軌道修正を余儀なくされるが、それに伴い描き込み量も編集部の評価も著しく低下し[5]、人気の上がる兆しのないまま連載は打ち切りとなる。
これ以降(1978年~)マガジンではラブコメ路線に切り替わり、漫画界全体においても劇画の占める地位は低下していく。
そういった流れの中で、本作も“知る人ぞ知る怪作”として長らく不遇の時代を過ごしてきた[6]。 劇画のメジャー復帰は、『北斗の拳』に代表される80年代後半の格闘漫画ブームを待たねばならない[7]。
近年に入り、大泉実成の紹介などを経た復刻では3万部のヒットを記録。本作は再評価される事となった。そのためか、新連載や過去作の復刻も徐々に行われるようになっている。
注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
[編集] あらすじ
- 1の章
暖かな日差しの中の花畑で目覚めた、類い稀な筋肉を持つ主人公の青年。彼は記憶が失われていることに気付き、自分の過去を知る者を探し世界をさまよう。
彼はやがてある都市にたどり着く。人の気配がほとんどなく、まるで死んだような都市である。しかし異臭ただよう城の内部に入ると、壁も天井も全て膨大な数の彫刻で覆われていた。そこには極めて醜い心と身体を持った男が城主として住んでいた。そこは狂気の建物ともいうべき、おびただしい数の人間の顔や肉体で飾られた「人間城」であった。
- 2の章
旅の途中、主人公は老人と子供の大集団に出くわす。みな全裸で、騎兵に鞭で打たれながら牛馬のように走り続けていた。脱落した少年の一人と接触した主人公は、彼らの都市の実態を知ることとなる。そこは一握りの権力者が霊水を牛耳って圧制を敷く、恐るべき「命の泉」の都であった。
- 3の章
主人公は栄えた都市にたどり着く。これまでの地獄のような都市とは違い、住民と産業には活気が見られた。大規模な闘技会も開かれており、聖マッスルに負けるとも劣らぬ勇者が揃っている。 しかし、謎の事故やテロ活動が頻発し、不穏な空気が漂う。国を統べる、名君と名高い「巨人王」の意図は…。
- 4の章
北の大地で吹雪に倒れる主人公。その危ういところを助けたのは、現地の漁師一家であった。他の漁師は見当たらず、みな大鯨に殺害されたという。残された一家もまた、大鯨との決戦に燃えていた。主人公は、彼らと共に「北の魔神」と因縁の決戦に挑む。
- 5の章
主人公が最後にたどり着いたのは、奴隷鉱山であった。奴隷たちは自由を剥奪され、恋愛をしただけで死刑に処される有様である。主人公の眼前でも、愛を培う奴隷二人が新たに処刑されようとしていた。怒りに燃える主人公は、「奴隷地獄」の支配者たちに挑む。
[編集] 登場人物、重要用語
- 主人公(聖マッスル)
- 記憶を無くし旅を続ける筋骨隆々の青年。顔立ちからは西欧系とみられる。第1話より物語中盤まで全裸である。記憶を無くしてはいるが、不屈の信念と人間らしい心は失っていない。「聖マッスル」という名は、巨人王との闘いで見せた凄まじい筋肉を称えて呼ばれるようになったもの。だが、この名前も物語の中では終盤あたりまで使用されていない。
[編集] 1の章 人間城
- 人間城の王
- 粘液まみれの醜悪な肥満体を持つ全裸の老人。秘薬で石に変えた人間を建材にして狂気の城を築く。訪れた聖マッスルを罠にはめて「人間城」を完成しようとするが…。
- 人間城の王の従者
- 王に40年以上忠節を尽くしてきた従者。苦痛なく石化して「人間城」の中央階段になる権利を与えられるが、拒否したため殺害される。
- 人間彫刻&人間城
- 秘薬によって石化した人間と、それで作られた城。付近の都市で生活していた市民らのなれの果てである。石化には苦痛が伴うらしく、みな凄まじい形相をしている。
- 黄金像
- 奇しくも聖マッスルに瓜二つの金像。人間城の王の理想とする美に従って作られており、人間城の要でもある。
[編集] 2の章 命の泉
- 命の泉の権力者
- 長寿の効果があるという「命の泉」を牛耳る三人の権力者。毎年「死のマラソン」を強行して国民を選別している。常にローブをまとって素顔を隠しているが…。
- ヅク
- 「死のマラソン」に出場する少年。力尽きて倒れたところを聖マッスルに介抱され、都の実情を教える。
- マラソン脱落者
- 前年の「死のマラソン」を完走できず、都市を追放された者たち。圧政へ反抗するため、聖マッスルにある計画を託す。
- 黒犬
- 権力者に飼われている犬。「黒の帝王」の尖兵として各所に姿を現し、災いをもたらす。幾度か死んでいるが、毎回違う犬なのか不死身なのかは不明。
- 命の泉
- その水を飲めば体力が頑健になり、百五十歳まで生きられると言う泉。高額で他国に売られ、都の財源となっている。
- 死のマラソン
- 15歳になった少年少女と70歳以上の老人に課せられるマラソン。全裸で行う。減らなくなった人口を統制するため、過酷な条件となっており、参加者の死亡率は70%にのぼる。
[編集] 3の章 巨人王
- 巨人王
- 強靭な巨体に知勇を兼ね備え、荒廃した国を一から建て直した英雄。「黒の帝王」から世界を救うために奔走している。聖マッスルを自分の片腕になる人物と見込み、彼への支援や力試しを行った。
- なお、ハゲ頭に三つ編みのモミアゲという、非常に特徴的な髪型である。サルでも描けるまんが教室に登場する担当編集者・佐藤のモデルにもなった。
- 少年
- 巨人王の国民。幼少ながら、驚くほどの腕力を鍛えている。優秀な戦士である兄を闘技会にて国第一の戦士に殺害され、無謀な敵討ちに討って出るが…。間接的に聖マッスルと巨人王の架け橋となった人物。
- 国第一の戦士
- 闘技会の優勝者。鉄球を素手で砕き割る怪力に加え、戦い方にも容赦がない。対戦相手を殺害し、聖マッスルをも苦しめた。
- 巨人王の妹
- 巨人王の強権的政策に反発し、同志を率いて覆面姿で破壊活動を行う。クーデターに失敗するも、信念を貫き自害。だが、実際は「黒の帝王」に利用されていたに過ぎなかった。学生運動を題材にとっていると思われる。
- 黒の帝王
- 邪悪をもって世界征服を策す大権力者で、作中における最大の悪。黒犬を手先にして各都市で悪事を働いているが、その正体は謎に包まれている。
- 闘技会
- 円形闘技場で行われる過酷な闘技会。随時に腕立て伏せや鉄球受けなどの力試しを挟みつつ、最後の一人になるまで格闘戦を行う。古代オリンピックや剣闘士競技をモチーフにしたものであろう。
[編集] 4の章 北の魔神
本章以降の人名は、ふくしま政美の出身地である北海道のアイヌの伝説などに由来している。
- 北の魔神
- 巨大な鯨。子鯨を15人の漁師に殺されて以来、復讐鬼と化して漁師を襲っている。白鯨のオマージュ。
- コタンクル
- 北の地で倒れた聖マッスルを救った隻腕の老漁師。「北の魔神」の子を殺した15人の最後の生き残りである。「北の魔神」と最後の決戦にのぞみ、死亡。
- ポウヤウンペ
- 北の地の若き漁師。凍傷で昏睡する聖マッスルを介抱する。コタンクルの敵討ちに燃えるが、あまりに若く未熟なため、聖マッスルが替わりに「北の魔神」との対決を行うことになった。
- ペシカ
- ポウヤウンペの許嫁。ポウヤウンペとともに聖マッスルを介抱する。
[編集] 5の章 奴隷地獄
- 奴隷鉱山の長官
- 鉱山を監督する老人。配下ともどもノルマン様式の武装をしている。配下を使って奴隷を厳しく管理しており、様々な死刑を用意している。
- イサコヤ
- 奴隷鉱山の長官の配下。丸太槍を使う巨漢で、奴隷たちの処刑係でもある。聖マッスルとの対決を望むが、返り討ちに。
- ムビヤン
- 奴隷鉱山の奴隷。奴隷同士で恋愛をしたという理由で「クルミ割りの刑」に処される。なお、奴隷はみな額に特徴的な印(円の中にバツを書いた図案)を刻まれている。
- クノン
- 奴隷鉱山の奴隷。ムビヤンの恋人。死に方を選ぶ権利を与えられ、「緑の湖の刑」を望む。
- マニベ
- 奴隷鉱山の奴隷。奴隷長官に正面から反抗して怒りを買い、極刑たる「ぬいぐるみの刑」で豚の姿にされる。
- セトナ
- 奴隷鉱山の奴隷。恋人のマニベとともに奴隷長官に反抗し、「ぬいぐるみの刑」で羊の姿にされる。
- 奴隷鉱山
- 奴隷を使って開拓された山岳地帯。「黒の帝王」の侵略基地の一つである。
- クルミ割りの刑、花蜜の刑、雨だれの刑、カマキリの刑、緑の湖の刑、ぬいぐるみの刑
- 全て死刑だが、全貌が明らかになったのは「クルミ割り」「緑の湖」「ぬいぐるみ」の三つ。
- 「クルミ割り」は頭を叩き割り、「緑の泉」はピラニアらしき食肉魚の群生する湖に入れる。
- 「ぬいぐるみ」は極刑とされており、動物のぬいぐるみを着せて引き回し、最後に刺殺するという刑である。一見滑稽だが、刑死者はあの世でも動物になるとされており、宗教的な意味合いが強い。
[編集] 脚注
- ^ 2000/10 大泉実成『消えたマンガ家 アッパー系の巻』新潮社
2003/02 『コミックめだま』イースト・プレス
2003/06 飯島市朗『飯島市朗傑作集1 トルコ星座の男たち』グッピー書林 付録インタビュー - ^ 通常、新人作家が突然新連載を開始することはほとんどない。数回の読み切りで執筆速度や読者人気を推し量り、そこで編集部の望む基準を満たしていた場合に、初めて連載に漕ぎ着けるのが一般的である。
- ^ 1997/06 ふくしま政美『聖マッスル』太田出版 付録インタビュー
- ^ 同上
- ^ 同上
- ^ 担当編集いわく、その後のふくしまは自ら劇画を離れ、ブームに迎合したラブコメ作品などを持ち込むようになり(当然不採用)、編集部を失望させたという(同上インタビューより)。
- ^ 1993/04 吉弘幸介『マンガの現代史』丸善
1994/05 西村繁男『さらばわが青春の少年ジャンプ』飛鳥新社
2000/10 大泉実成『消えたマンガ家 アッパー系の巻』新潮社
なお、しばしばファンの間で「聖マッスルが北斗の拳の源流にあたる」とする意見が囁かれるが、詳しくは作家の証言などを待つべきであろう。