盲点
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盲点(もうてん)とは、脊椎動物の目の構造上、生理的に存在する暗点(見えない部分)の一つ。生理的な暗点なので生理的暗点とも言う。またフランスの物理学者エドム・マリオットにより発見されたためマリオット暗点(マリオット盲点、マリオット盲斑)とも言う。盲点に相当する網膜上の部位は視神経円盤または視神経乳頭と呼ばれる。
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[編集] 歴史
視覚における欠損としての盲点は、フランスの物理学者、植物学者であり修道院長でもあったエドム・マリオットが1660年に発見し、4巻からなる Essais de physique の第2巻で発表したことから、マリオット暗点 (tache de Mariotte) とも呼ばれる。マリオットはフランス科学アカデミーの初代メンバー22人の一人でもある。
紀元前280年ごろ、解剖学の創始者の一人であったアレキサンドリアのヘロフィロスによってすでに網膜の構造は記載されていた。網膜(ラテン語: retina)という用語も彼が作ったものである。網膜の発見から機能について解明が進むまで、2000年近くを要したことになる。
[編集] 盲点を「見る」には
● ×
上図において、右目を閉じ左目だけで×印を見てほしい。そのまま図に向かって顔を近づけていくと、図と目の距離がある一定の値に達したとき、●印が見えなくなる。これは、●印から出た光が左目の盲点に投影しているため、視覚情報が入手できないからである。
[編集] 目の構造上の「盲点」
脊椎動物の網膜は前方(光が入ってくる側)に血管網、次いで神経線維のネットワークとがあり、視神経は光を感じる細胞層を貫いて眼球の外に出て脳へと導かれるので、盲点の存在はある程度まではやむを得ない構造上の問題である。
視神経と網膜がこのような位置にあるのは、脊椎動物の発生において、眼球が間脳に由来するからである。まず間脳の一部が眼胞として体表側の方向に伸びていく。その後、眼胞に接した体表の細胞が水晶体板に分化する。次に水晶体をくるみこむように間脳の一部が内部に脳室を挟んでコの字形に変形する。最後に脳室が消失し、コの字の前方が視神経へ、後方が網膜へと分化していくからだ。逆に目の発生過程が脊椎動物と異なり、光を感じる細胞層が最前面にある軟体動物の頭足類(イカやタコの仲間)では盲点は存在しない。
脊椎動物の視神経が眼球から出ていく部位は各眼球の鼻側になり、網膜には外界の像が反転して映る(凸レンズの実像)ので、盲点は両目の耳側にくる。それは上の手順を左右逆転させ、右目で左の点を見ると確かめることができるであろう。
[編集] なぜ盲点が見えないのか
盲点は網膜の中央に位置する中心窩(ちゅうしんか)から耳側に約15度 (5mm) ずれている。視野角にして約5度で、長軸が垂直方向にある円に近い楕円形の形状をしている。5度とは1m離れたところにある直径8cmの円に相当する。
これほどの視覚情報が欠落しているにもかかわらず、さきほどの実験のような人工的な環境下でなければ、盲点の存在が意識にのぼることはない。これは視覚がカメラのフィルムとは全く異なる原理で像を形成しているためだ。
まず、脳に到達する50%の視覚情報は、網膜の中心に位置する中心窩から得ている。中心窩に位置する視細胞と視神経細胞は1対1に結合しているため、中心窩では光感覚が100%脳に伝わる。一方、中心窩以外では最大500対1の割合でしか視神経と結合していないため、網膜の段階で視覚情報がふるいにかけられていることになる。
中心窩の視野角はわずか30秒、つまり月の視直径もしくは1m離した1円玉の大きさしかない。これほど少ない情報から片目だけで左右160度にわたる明瞭な像が形成できるのは、1秒間に5回起こる視点の高速移動「サッケード運動」による。注視したい対象をほとんどの場合無意識的に走査することで、眼前のすべてが見えているという意識を作り出している。したがって中心窩からずれた位置に盲点のような情報の欠落があっても、失われる情報量は少ないといえる。
ここで先ほどの実験を拡張し、色紙を使って実験すると、盲点によって印が消えた場合でも背景の色が残ることが分かる(外部リンク参照)。さらに印を貫く上下の線を追加すると、印が消えた場合であっても上下の線は途切れない。このことから盲点の欠落を埋めているのが、網膜や視床下部などではなく、視覚野であることが分かる。直線の検出は網膜像と対応する平面状に広がった細胞層である一次視覚野の上に広がるハイパーコラム層以降の仕事だからである。
盲点が見えない理由の一つとして、脊椎動物の目が通例2つでワンセットとなっており、人間の場合にはそれが同一方向を向いているため、片方の目の盲点部分はもう片方の目がカバーすることができるとされることが多い。しかしながら、片目を閉じても盲点は意識できない。 片目だけでものを見るときも、盲点に相当する場所に投影されている像は、脳の中で周囲の映像によって補完されるため、通常は盲点の存在に気がつかない。結果として、「実際には見えていない点」が存在するものの、それはほとんど意識されることがない。
[編集] 日常用語としての盲点
本来の意味から転じて、「気づいて当然だったのに見落としていたものごと」を意味する。この用法について「視覚障害者が差別的に感じる可能性がある言葉」と指摘されることもあるが、目の障害の有無に関わらず誰にでも盲点が存在するため、視覚障害とは無関係の言葉である。
よって2つの意味があり、使い分けが必要となる。
[編集] 漫画における使用例
テレビアニメにもなったバレーボール漫画のアタックナンバー1に、消えるサーブというのが出てきたことがある。目の前で急に軌道を変えるボールが、盲点を通過することで、一瞬見えなくなる、というものであった。大きさから考えても無理があるであろう。白土三平のサスケでは、もう少し手の込んだものが見られる。忍者が投げる小さな手裏剣のようなもので、音の出るものと出ないものを同時に投げ、しかも出ない方は音の出る方を見つめたときの盲点を通過することで見えなくなる、というものである。
[編集] 外部リンク
- 盲点に関するさらに進んだ実験ができるサイト 盲点によって失われた情報をどの程度脳が補えるかを順番を追って確認できる