無重量状態
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無重量状態(むじゅうりょうじょうたい)とは、万有引力および遠心力などの慣性力が互いに打ち消しあい、それらの合力が0ないしは0とみなしうる程度に小さくなっている状態。台ばかりで計られるような類の重さ(すなわち重量)が0となっている状態であることから無重量状態と呼ばれる。類義語ないしは同義語としての無重力(むじゅうりょく)という言葉が用いられる。近年では、微小重力という語も用いられる。
無重量環境下の特徴は、無対流、無静圧、無浮力、無沈降、無接触浮遊などであり、薬品や合金の製造などにおいて、重力下では実現不能な現象を観察することができる。
無重量状態は、スペースシャトル内、飛行機の放物線飛行(パラボリックフライト、嘔吐彗星)によるもの、塔からの自由落下などにより、人工的につくることができる。
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[編集] 無重量と無重力
等価原理の立場からは、そもそも、無重量と無重力を区別する方法は存在しない。万有引力と自転・公転による遠心力などの合力を重力とする考え方からは、周回軌道上の人工衛星などで実現される無重量状態では重力が無いということになり、ある種の無重量状態と無重力状態は同義語となる。重力のうちに慣性力を含まず、万有引力と同一視する考え方もあり、この場合は万有引力が0で無いならば無重力とは呼べないので、無重量状態と無重力状態は異なる状態をさすというふうに主張されることもある。
これらの主張の違いは、観点の違いに過ぎず、どの考え方が絶対的に正しいというものではない。
[編集] 人体への影響
まず、体液の循環が変化する。地上では下半身に溜まっていた水分のうち約2リットルは、無重力状態になった数分後には胸部と頭部に移動する。その体液が調節機能によって全身に循環されるため、顔がむくみ、首と顔の血管が浮き出るようになり、鼻が詰まって嗅覚や味覚がなくなる。尿の量が増え、体内で吸収される液体が減少するので、血液や体液の量もそれに合わせて減少する。
背が少し(1、2センチ程度)伸びる事にもなる。これは、脊椎の椎骨と椎骨の間にある円盤状の椎間板が、圧迫されなくなるためである。
体内で生成される赤血球の数も、大きく減少する。赤血球の減少は4日以内に始まり、40 - 60日ほどで安定する。原因には二説ある。一つは、無重力状態では血液量が減るため、同時に赤血球も減る事になるというもの。もう一つは、血液が上半身に移動する事で、血液が多過ぎると体が勘違いし、赤血球を減らしてしまうというもの。
長い間、無重力状態(微少重力環境)に晒されていると、骨が脆くなる。これは、骨が圧力を受けるほど太くなり、逆に負荷が減ると細くなってゆくという性質を持つためである。さらに、骨が細くなる過程で浸出するカルシウムが尿に含まれるようになるので、腎臓結石のリスクも高まる。また、カルシウムが不足すれば骨粗鬆症にもなりやすくなる。無重力状態では1ヶ月に約1パーセントの割合で骨の質量が減少するので、10ヶ月も過ごせば地上で30歳から75歳まで年を取った分に相当する骨の無機成分が失われる。
骨だけでなく筋肉にも影響が現れる。筋肉が萎縮し、筋肉の結合組織も退化する。心臓もその例外ではなく、無重力環境下では重力に抵抗して血液を送り出す必要がなくなり、かつ前述の通り血液の量が減少するため、自然と筋肉への負荷が弱まり、結果的に心筋そのものも弱ってしまう。なお、このような骨と筋肉の退化を避けるため、宇宙飛行士は日に3、4時間の運動をする。
睡眠時に、姿勢に気を付けなければ窒息するおそれもある。これは生理学的な要因によるものではない。単純に無重力状態では空気の対流が起こらないため、呼気の二酸化炭素が顔の周りに停滞しやすくなるからである。
複数の人間が密室にいるような状況であれば、感染症のリスクも高まる。これは、くしゃみや咳によって唾液とともに空気中に飛散する微生物が、無重力状態では拡散しないためである。地上であれば大量の細菌を含む唾液はそのまま地面に落ちるが、無重力状態だとその水滴は細かい霧状となる。これを、他人が吸い込んでしまう可能性がある。初期の宇宙探査ミッションでは、半分以上の宇宙飛行士が軽度の感染症に悩まされていた(アポロ計画では船内の殺菌が念入りになったため、感染症は大きく減少した)。
[編集] 無重力下で起こる特殊な現象
- 炎 - 上昇気流ができないため、炎は球形となる。また、新しい酸素が供給されにくいためにすぐに消えてしまう。
[編集] 参考文献
- フランセス・アッシュクロフト 『人間はどこまで耐えられるのか』 矢羽野薫訳 河出書房新社 ISBN 4-309-25160-9 2002年5月