死体遺棄
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死体遺棄(したいいき)とは、遺体を、通常では考えられない状態で放置すること。主に人間の遺体に於けるものでは、葬儀に絡む社会通念や法規に沿わない状態に置く事を指す。
なお遺体を蔑ろに扱うという部分を含むため、本項に於いて死体損壊(したいそんかい)に関しても述べる。
この項目は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。ご自身が現実に遭遇した事件については法律関連の専門家にご相談ください。免責事項もお読みください。 |
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[編集] 概要
死体は化学的には有機的な一つの塊であるため、腐敗によって異臭を発したり、不快な病害虫(ハエなど)の発生源となる訳だが、それら環境に対する悪影響以前に、人間の遺体はその人に対して認められるべき尊厳をもって扱われるべきだと、多くの社会では考えられている。このため、この敬意をもった扱いが成されない場合は一つの事件と見なされ、他人に不快感を催させる行為を敢えて行う人には罰則を持ってあたられる。
特に人間の遺体の扱いに際しては、それぞれの社会で細かく定義されている。通常は故人の崇拝していた宗教によってもやり方は違うが、火葬もしくは土葬など、様々な葬儀の様式が存在する。しかし特に宗教的な理由があっても、該当地域における遺体の扱いが異なる場合には、地域の法律や風習に則った埋葬方法が求められる事もある。
旅行者等が旅先で死亡(客死)した場合などに於いて、旅行者の遺族と遺体を収容した側の価値観の違いから、国際問題に発展するケースも見られ、適正な遺体の取り扱いに関して難しい側面が存在する。なおそれぞれの社会・宗教にて求められる取り扱いの様式に関しては、葬儀の項を参照されたし。
[編集] 死体損壊
死体の損壊は、多くの社会で死体遺棄と並んで、上記に述べた故人の尊重などの理由により、忌み嫌われる行為である。過去には快楽殺人の一種で殺人後に遺体を食べた事件も報じられているが、これも死体損壊の一種として扱われる。正式な葬儀手順に拠らず勝手に焼却したりする事も、同行為の範疇と見なされる。(下記参照)
- なお一度埋葬された遺体は、墳墓も含めて故人に対する尊重の対象となるため、墳墓の損壊を含めて埋葬済み遺体の損壊は罰せられる対象となる。
日本では刑法190条によって罰せられる行為として扱われ、懲役3年未満の処罰対象として扱われる。また埋葬された遺体(墳墓を含む)を損なう行為は191条によって3ヶ月以上5年未満という罰則が設けられている。
- 参考:刑法の関連する条文 (WikiSource)
ただし山野に放置された遺体を回収するために原型を損なったり、古代墳墓に葬られた遺体を損なっても、その罪に問われないケースも見られるなど、その扱いには多少の状況による判断の違いも見られる。特に緊急避難の範疇において飢餓状態にある者が、生存のために遺体を口にする行為に関しては、違法性が阻却されるケースもある(→ウルグアイ空軍機遭難事件)。
[編集] 宗教と葬儀
一部宗教では最後の審判の際に死者が復活し、神の裁きを受け行い正しい人は楽園にいけるとしているため、火葬する事は復活させるべき遺体を損壊させる行為と取られ、殊更もめるケースも見られる。日本航空123便墜落事故では遺体の損傷が激しかったため、記録を取った上で日本式に火葬してしまい、イスラム教徒遺族を中心に、その扱いに対する猛反発という事態を招いた。
他方、日本でも沖縄周辺では伝統的に遺体を決められた場所に放置(正しくは安置だが、状況的には野に置かれている状態)する風葬がある。この風習は伝統に則った葬儀習慣であるため、死体遺棄にはあたらないとされている。なお遺骨が神聖とされる場所に放置される事もあり、観光客の中にこれ(頭蓋骨)を勝手に拾って持ち帰るというケースも発生、関係者を悩ませている。なおそのような行為も死者の尊厳を損なう事もあり、死体損壊と見なされる。
[編集] 死体遺棄と罪
日本国内では墓地埋葬法があるため、遺体は同法に則った届け出や手続きの上で適正な場所(墓地)へと埋葬する事が求められている。ただし故人を埋葬する上で、火葬後の遺骨・遺灰を適正と考えられる範疇(故人の遺志や遺族の意向に基く)に於いて散骨や自宅保管する行為に関しては、特に法務省がこれを認めるコメントを発表、常識の範疇内で容認されている。
なお海外では医療廃棄物扱いを受ける事の多い、事故や疾病によって切断された生存している人の四肢や、12週間目以上の中絶胎児に関しても、日本では墓地埋葬法上で適正に葬儀する事が求められている。これを怠ると死体遺棄罪に問われる事となる。
この他殺人事件等の捜査では、遺体が発見された時点で、この死体遺棄罪で捜査が行われるのが通例である。捜査によって死体遺棄を行った容疑者の身柄を確保した後、調書を取るなどして殺人事件の立件・逮捕が行われるケースが多い。なおこのような場合では、加害者が被害者の遺体を隠す目的にもより、遺体が損壊していることが多い。このため死体遺棄とは別に死体損壊でも罪が問われる事もある。
日本の法における罰則では、死体遺棄自体(下記消極的な死体遺棄を参照されたし)は拘留や罰金刑等の微罪に問われる程度だが、死体損壊では懲役3年未満、ましてその死体を作った(殺人)ともなれば殺人の状況に応じて、それ相応の刑罰が追加される。
[編集] 動物の死体と遺棄
動物の死骸を放置する事は、冒頭で述べたとおり衛生の観点から勧められない。このため動物の死骸を放置する行為は環境の汚損の範疇で扱われるが、その死骸は見る者に不快感や恐怖心を与えかねないため、その遺棄された場所によっては、脅迫や(精神的に危害を与えたという意味で)傷害の範疇で扱われるケースも見られる。
近年では動物虐待に絡んで動物の死骸が放置されるケースも見られ、器物損壊と並んで動物愛護や犯罪抑止の観点から捜査が進められる。
[編集] 死体遺棄事件
死体遺棄は様々な理由によって成されるが、大別すると以下の2つが挙げられるだろう。
[編集] 消極的な死体遺棄
稀にニュースなどで報じられるケースでは、家族が寿命や病気で死亡した際に適切な葬儀を行わず、死体を死亡時の状態のまま放置する事件が発生している。これらの「消極的な死体遺棄」事件では、関係者には一定の罰が求められるものの、厳しく罰せられる事は稀である。
特に日本に於いて近年では葬儀や埋葬に絡む諸費用が高額となる傾向もあるため、蓄えの無い家庭では死という普遍的現象に対応できずに、家族が「逃げて」しまうという、一概には関係者を責められないケースであると見なされる。
ただその一方で、年金を受け取っていた高齢者や障害者が死亡した後に、その年金を騙し取る目的を持って死を隠蔽・年金を受け取り続けているようなケースでは、死体遺棄とは別に詐欺として罰せられる。
[編集] 積極的な死体遺棄
その一方で、児童虐待に伴う虐待死を含む殺人事件などにおいては、犯罪の露見を恐れて犯人が死体を運搬・放棄するケースがある。
こちらは死体隠蔽の過程で遺棄を行うため、極めて悪質といえよう。特に死体を遺棄して犯罪の露見を防止しようとする行動は、即ち明確な犯意を持って成されるため、責任能力がある事を自ら証明している事に他ならない。前出の死体遺棄事件に於ける捜査では、少なくとも犯人の自供までは殺人事件の罪状は問われないものの、殺人事件と同等の捜査体制がしかれる理由である。