林家小染 (4代目)
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4代目 林家 小染(4だいめ はやしや こそめ、1947年6月11日 - 1984年1月31日)は、大阪府出身の上方噺家。本名: 山田 昇(やまだ のぼる)。出囃子は『たぬき』。
[編集] 来歴・生涯
大阪市立天王寺第二商業高等学校を中退後、1964年11月、3代目林家染丸に入門し、4代目林家小染を名乗る。翌年春、京都花月で初高座。
当初、毎日放送「ヤングおー!おー!」で結成された若手落語家ユニット「ザ・パンダ」(小染、月亭八方、桂きん枝、桂文珍)の一員としてマスコミに登場。その愛嬌ある個性により、お茶の間の人気を博す。
本業の落語も、若くして本格派で、『堀川』『景清』『らくだ』『猿後家』『鍬潟』『禁酒関所』『三十石』などを十八番としていた。染丸の名跡を継ぐべく将来を嘱望されていたが、酒好きが命取りとなる。1984年、店で酒を飲んでいる最中に酔った勢いで発作的に外へ出て車道へ飛び出し、走ってきた車に轢かれてしまう。このときの交通事故が致命傷となり、そのままこの世を去った。告別式で「ザ・パンダ」の一員であった桂文珍は号泣した。法名は、浄楽院釋染華。享年36。
生前親しかった笑福亭鶴瓶によると、上述の事故は酒に酔った小染が「トラックと相撲を取る」といって車道に飛び出して発生してしまったという。
弟子には5代目林家小染(入門時は林家染八)がいる。弟弟子は4代目林家染丸で一緒にかる口を演じたこともあった。
[編集] 出典
- 『古今東西落語家事典』(平凡社、1989年)
- 『上方落語家名鑑』(やまだりよこ著、出版文化社、2006年)