時習館 (三河吉田藩)
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時習館(じしゅうかん)は、三河吉田藩(現在の愛知県豊橋市)の藩校。同名の藩校は、藩校時習館(熊本藩)(宝暦5年(1755年)設立)をはじめ、大田原藩・笠間藩・桜井藩にある。また、この藩校の名を冠した愛知県立の高等学校も存在する。
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[編集] 沿革
- 1893年(明治26年) 私立補習学校時習館(愛知県立時習館高等学校の前身)設立。藩校時習館の名を借りて称した。
- 1900年(明治33年) 愛知第四中学校(ナンバースクール)へ改名。
- 1972年(昭和47年) 上記愛知県立時習館高等学校の2つの分校を統合し、愛知県立豊橋南高等学校設立。
[編集] 藩校名の由来
名は、孔子の『論語』の中の「学びて時にこれを習う(学而時習之)」からである。 三河吉田藩の上級家臣である北原忠兵衛忠光が藩校名を揮毫し、扁額とした。
[編集] 教授
三浦竹渓(荻生徂徠の弟子)、西岡天津、中山美石、太田錦城、太田晴軒(錦城の三男)、山本謙斎、彦坂範善 など。
松平信明が藩主の時、太田錦城を教授として招いたが、実際に錦城が吉田に赴任したのは信順の代になってからであった。