斎藤義典
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斎藤義典(さいとう よしのり、1978年7月10日~)は、1990年代から2000年代にかけての社会人野球選手である。(投手、左投左打)。182cm、83kg。群馬県出身。
[編集] 来歴
群馬県立前橋工業高等学校時代、エースとして1995年のセンバツでベスト8・1996年の夏の甲子園ではベスト4に進出。。140km/hを超える伸びのあるストレートと鋭く縦に大きく割れるカーブを武器に甲子園を沸かせた。
全日本高校選抜にも選出され、全日本のエースとしてアメリカで行われた四カ国親善大会の優勝にも貢献。その年のドラフトで、近鉄バファローズ(当時)からドラフト5位指名を受けたが、本人の地元関東の球団希望や、左手中指の怪我などが理由で入団を保留。やむを得ず近鉄は斎藤抜きで新入団選手の発表を行った。その後も近鉄側は説得を続けたが、斎藤は入団を拒否し続け、結局契約には至らなかった。
斎藤はその後、周囲の強い勧めにより本田技研に入社をするが、翌年富士重工業に移籍し、5年間プレーをする。その後、日本ウェルネススポーツ専門学校で1年・伊勢崎硬建クラブで3年と社会人野球チームを移籍した。現在は所属チームはないが、後進の指導をしながら汗を流し、友人らと移籍先を探している。
[編集] 球歴
前橋工(1994~1996)→本田技研(1997)→富士重工業(1998~2002)→日本ウェルネススポーツ専門学校(2003)→伊勢崎硬建クラブ(2004~2006)
近鉄バファローズ 1996年ドラフト指名選手 |
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1位:前川克彦 / 2位:大塚晶文 / 3位:礒部公一 / 4位:中濱裕之 / 5位:斎藤義典 / 6位:大久保秀昭 / 7位:岩村敬士 |