心臓ペースメーカー
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心臓ペースメーカー(しんぞうペースメーカー)は一般的に心臓に対する電気刺激発生装置のことで、バッテリーとICを含む本体部分とリード線から成るシステムの総称。
恒久的な使用を前提とした体内埋め込み式のものと、一時的な使用を前提とした体外式のものがある。心筋に人工的な刺激を与えることで必要な心収縮を発生させる。
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[編集] 概要
不整脈の中には、洞不全症候群や房室ブロック、心房細動などに代表される徐脈を起こす疾患群がある。これらの不整脈の一部には放置すると心不全を合併したり、致死的な心停止に発展する可能性のある病態が存在する。心臓ペースメーカーは、このような場合に、適切な機能を喪失した本来の心臓の刺激伝導系に代わって心筋を刺激し、必要な心収縮を発生させる治療に使用される医療機器である。
[編集] 歴史
最初のペースメーカーは、1932年、アメリカの生理学者であるアルバート・ハイマンにより開発された。ハイマンの作ったものは手回しによって発電し、その電気ショックを心臓に送って心筋を動かすものであった。ハイマン自身はこの装置に「Artificial pacemaker(人工ペースメーカー)」と名づけた。このペースメーカーという言葉が後に広く使われることとなる。
初期のペースメーカーは、1950年にカナダ人の技術者ジョン・ホップス (John Hopps) によって設計・製作された。これは、使用者にとって大きな苦痛を伴った。1950年代後半の心臓ペースメーカーは大きくかさばり、商用電源を利用しなければならなかった。停電時は装置が停止する危険性があり、患者は生命の危険に晒されるというリスクがあった。また当時のペースメーカーは、一定時間ごとに電気ショックを心筋に流すだけであり、血流や血圧の状況に応じて電流・電圧を制御することが不可能であった。
1958年には、Rune Elmqvist らによって、体内埋め込み式の心臓ペースメーカーが試作された。しかしこの埋め込み式のペースメーカーも、動作電源が問題であった。当時ペースメーカーの電源に水銀電池が用いられたが、当時の水銀電池をペースメーカーに使うとおよそ2年であり、すなわち患者は2年ごとにペースメーカーの電池を取り替えるため大規模な手術を施さなければならず、患者に大きな負担を強いることになった。
1960年代になると、動作電源の問題を解決するため、電源に、プルトニウムの放射性同位体であるプルトニウム238の原子力電池が用いられるペースメーカーが開発された。 プルトニウム238は崩壊モードがアルファ崩壊のため、ベータ線やガンマ線の放出が少なく放射線の遮蔽が非常に簡単で、それでいて半減期が87.7年と長い。そのため一度プルトニウム電池を用いたペースメーカーを埋め込めば、半永久的に取り出す必要がないことが大きなメリットであった。 この原子力電池を用いたペースメーカーは、放射性同位体を使うための手続きや国によっては法的な問題もあったが、手術をして電池を取り替える必要がないメリットの方が大きかったために、欧米では数千個もの原子力駆動のペースメーカーが出回った[1]。
1970年代初頭になるとリチウム電池の性能が上がり、各種手続きの面倒な原子力電池の代わりにペースメーカーの電源のために使われるようになった。現在のペースメーカーでもリチウム電池だと寿命が長くても10年程度[2]と、生涯取り出す必要のない原子力電池と比べたら短命だが、それでも水銀電池の2年に比べたら長く、安定した電力が取り出せ、放射性でないために規制も少なく、以降ペースメーカーの電源用として国を問わず広く使われている。
[編集] 電磁波による影響
現在広く普及しているペースメーカーは、電池寿命が約8年と長い。また、患者の心臓の状態や重症度に応じ、電気刺激のモードを変更して使用するのが一般的である。モードを変更する場合は専用の装置を使用し、ペースメーカーへ向けてモード変更の電磁波を照射する事によって変更を行う方法が一般的である。このモード変更は、ペースメーカーを患者の体内に埋め込んだままの状態で行う事が可能である。患者は再手術等の負担が無く、無痛で行えるというメリットがあるが、携帯電話等が発する電磁波を受信すると、その電磁波がモード変更のための電磁波であると誤検知し、誤作動を起こすというリスクがある。
[編集] 携帯電話
携帯電話・PHSの普及に伴い、それらの端末から出る電磁波で心臓ペースメーカーが誤作動する可能性が、実験などにより指摘され、公共交通機関や病院等で、端末の電源を切る事が呼びかけられるなど、社会問題化した。しかし、日本では携帯電話の急激な普及と、利用者のマナーの悪さに対するマナー啓発キャンペーンとして利用され、強調された結果、不必要に心臓ペースメーカー装着患者の恐怖心をあおり、心身に被害をもたらしてしまったという側面もある。
実際には携帯電話が心臓ペースメーカーに対して誤動作を引き起こしたという事故が報告された事例は世界中でこれまで認められない。日本以外の地域では携帯電話使用による心臓ペースメーカーの誤作動の可能性はほとんど問題にされていないため、公共交通機関での電源オフの呼びかけを実施している地域は世界でも日本のみ、もしくは極めて稀である。
2000年から2002年にかけて総務省、厚生労働省、メーカー、携帯電話キャリアなどによって行われた、「電波の医用機器等への影響に関する調査結果」によれば、最も影響が大きかった800MHz帯PDC方式(通称2G端末)で、パルスの抑制、あるいはパルス間隔の延長が1パルスでも認められたペースメーカーは調査した124機種中8機種だった。実機でのデータを以下に引用する(「最大干渉距離」とは、干渉が起こる最大の距離であり、それ以上離れると干渉が起こらなかった距離である。ただし、いずれも携帯電話端末を遠ざければ正常に回復することが確認された)。
方式名 | 送信周波数 | 調査機種数 | 干渉を受けた機種数 | 最大干渉距離 |
---|---|---|---|---|
PDC | 800MHz帯 | 124 | 8 | 11.5cm |
1.5GHz帯 | 109 | 2 | 4cm | |
CDMA2000 1x | 800MHz帯 | 56 | 2 | 1.8cm |
IMT-2000 | 2GHz帯 | 56 | 2 | 1cm |
PHS | 1.9GHz帯 | - | - | - |
表中のPDC方式は2G方式とも呼ばれ、800MHzはNTTドコモのmovaが、1.5GHzはソフトバンクモバイルが一部使用している。2007年10月時点でPDC方式のシェアは20%を割り込んでおり、2012年までに廃止される。
CDMA2000 1xとIMT-2000は3G方式とも呼ばれ、前者は auが、後者はNTTドコモのFOMAと、ソフトバンクモバイルのSoftBank 3Gが使用している。
携帯電話通信方式の世代交代によって干渉のリスクは大きく下がっており、また、ペースメーカーにも日々干渉防止の改良が施されているが、これらは正確に報道されていない。2002年調査を最後に横断的な調査研究も行われていない(その後、800MHz帯W-CDMA方式についての調査は行われているが、最大干渉距離は3cmであった)。
前出の「電波の医用機器等への影響に関する調査結果」によって干渉が起こることが判明したペースメーカーの機種名すら一般に公開されていないのが現状である。
[編集] 医療機器による影響
ペースメーカー埋め込み患者に対して、 MRI検査は禁忌である。 また、一部機種でX線 CT検査で設定内容のリセットや、オーバーセンシングが起きる不具合事象が報告されている。(日本放射線技術学会 医療安全対策小委員会の報告)該当機種の使用者は検査を受ける際には医師・放射線技師に相談すること。
[編集] IH炊飯器による影響
2003年1月、 厚生労働省から発表された医薬品・医療用具等安全性情報185号(#外部リンク参照)により、実環境においてIH式電気炊飯器が心臓ペースメーカーの動作に影響を及ぼした(設定がリセットされた)との報告がされた。
報告例では、患者に健康被害はなかったものの、今後同様の事例が生じた場合、患者に予期せぬ健康被害をもたらすおそれを否定できないとして、IH式電気炊飯器やセキュリティゲートなどの強力な電磁波が発生する機器のそばに必要以上に長く留まらない、心臓ペースメーカーが機器に近づくような姿勢を取らないようにすることが推奨されている。
[編集] その他の電子機器
その他にも心臓ペースメーカーに影響を与える可能性が指摘されている電磁波を発生させる機器がいくつかある。以下は実験室で可能性が指摘された、または噂に基づいたリストだが、これらが心臓ペースメーカー装着者の実生活において深刻な誤作動事故を引き起こした例は世界中でまだ確認されていない。
- 電波センサー式自動ドア、電波感知式電動シャッター
- 電子商品監視機器(万引き防止装置)
- 電磁調理器
- IHコンロ、IH炊飯器など
- 空港などの金属探知機、
- 非接触ICカード機器、RFID機器
- 無線LAN
- 磁気浮上式リニアモーターカー(JR方式)
- 違法CB無線
- iPodやその他の携帯型デジタル音楽プレイヤー
[編集] 脚注
- ^ http://www.nucpal.gr.jp/website/support/plutonium/plutonium_07.html
- ^ http://www.pacemaker-navi.jp/pacemaker/index02.html
- ^ http://www.soumu.go.jp/s-news/2002/020702_3.html