宇倍神社
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宇倍神社 | |
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拝殿 |
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所在地 | 鳥取県鳥取市国府町宮下字一宮651 |
位置 | 北緯35度28分51秒 東経134度16分08秒 |
主祭神 | 武内宿禰命 |
社格等 | 式内社(名神大)・因幡国一宮・国幣中社・別表神社 |
創建 | 大化元年(648年) |
例祭 | 4月21日 |
主な神事 | 麒麟獅子舞 |
宇倍神社(うべじんじゃ)は、鳥取県鳥取市(旧岩美郡国府町)にある神社である。式内社(名神大社)、因幡国一宮で、旧社格は国幣中社。武内宿禰を祀る。
目次 |
[編集] 歴史
『因幡国風土記』によれば、仁徳天皇55年、三百六十余歳の武内宿禰が因幡国に下降し、当社の旧社地である宇倍山中腹の亀金岡に双履を残して行方知れずとなったとあり、武内宿禰命の終焉の地とされている。現在の本殿裏には「双履石」と呼ばれる2つの石が残っている。『二十二社註式』によれば大化元年(648年)の創建である。貞観6年に官社となり、神階は元慶2年に正三位まで昇った。延喜式神名帳では因幡国唯一の名神大社に列し、因幡国一宮として崇敬を受けた。当地は因幡国国府の中心地であり、附近には古代の遺跡も多い。江戸時代には鳥取藩の歴代藩主の崇敬を受けた。当社北方には鳥取藩主池田家の墓所(史跡 鳥取藩主池田家墓所)がある。明治4年に国幣中社に列した。
武内宿禰が三百六十余歳の長寿であったことから長寿の神として信仰される。また、明治32年(1899年)、全国の神社の中で初めて当社の社殿が日本の紙幣の図案となり、その後も数度、社殿や祭神が紙幣の図案となったことから、金運・財宝の神としての信仰もある。
[編集] 祭事
4月21日の例祭の際に神前に奉納される「麒麟獅子舞」は山陰独特の獅子舞の原形を伝えており、県の無形民俗文化財に指定されている。
[編集] 施設
本殿の裏の本殿を見下す位置に「双履石」がある。
境内の本殿左手には境内社・国府神社がある。祭神は、建御雷神・日本武尊・速佐須良比咩神・武内宿禰命・伊弉諾尊・菊理姫命・土御祖神・奧津彦命・奧津姫命・宇迦之御魂命である。元々は宮下神社という社名であったが、大正時代に附近の6社を合祀し現社名に改称した。「国府神社」という社名であるが、因幡国総社の比定社ではない(因幡国総社は現存しないものとされている)。