交換相互作用
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交換相互作用(こうかんそうごさよう、Exchange interaction)は電子のようなフェルミ粒子の間で働く相互作用の一つである。1928年、ハイゼンベルクがハイトラー-ロンドンの方法を使って交換相互作用(この場合特に直接交換相互作用とも言う)から強磁性の発現について議論した。但し、この場合の交換相互作用による強磁性の実際の例は非常に少ないと思われている。古典力学による説明はできず、典型的な量子力学の効果のひとつである。
状態 i, j に対するスピンに関する演算子をそれぞれ、Si、Sjとすると、
の形で表される相互作用が交換相互作用である。Jは交換積分と言い、後で詳述する。
[編集] ハートリー・フォック近似での交換相互作用
最も簡単な場合として、二個の電子からなる系(二電子系)を考える。二電子系から多体系への拡張は近似と摂動を用いれば可能である。電子は半整数のスピンを持つフェルミ粒子なので、これはニスピン系と考えることもできる。また、フェルミ粒子なのでフェルミ統計に従い、パウリの排他原理により、二つの電子が同じ状態を占有することは禁止される。また、外場(原子のポテンシャルなど)やスピン軌道相互作用などは考えないこととする。
二電子系における電子の波動関数 Ψ はスレーター行列を展開すると、
となる。ψ1、ψ2 は二電子系のそれぞれの電子に対応する波動関数で、これは座標 r に関する部分(軌道関数)とスピン σ に関する部分(スピン関数)とに変数分離できる(座標 x は、x = (r, σ) である)。
この二電子系を解くと、二電子系(スピンをそれぞれ s1、s2とする)の固有状態としてスピン一重項 (s1 + s2 = 0) とスピン三重項 (s1 + s2 = 1) という二つの状態が出てくる。スピン一重項では軌道関数部分が座標の置換に対して対称で、スピン関数が反対称となり、スピン三重項ではその逆となる。このことからスピン一重項状態とスピン三重項状態とで系のエネルギーに差が生じる。このエネルギー差を引き起こすのが交換相互作用である。
軌道関数を Φ(r) として、スピン一重項の場合上の式での軌道関数部分は、
となり、スピン三重項では、
となる。系のハミルトニアンをHとして、ここでも外場としてのポテンシャルは考えず電子間相互作用の部分のみに着目すれば、ハミルトニアンの期待値、
において、以下の二つの重要な項が出てくる。
K をクーロン積分、J を交換積分と言う。後者は、電子の座標の交換によって出てくる項のためこの名が付いている。α = 4πε0 で、 ε0 は真空の誘電率である。
スピン一重項に対応する固有エネルギー部分は、
- Esinglet = K + J
スピン三重項に対応する固有エネルギー部分は、
- Etriplet = K − J
となる。これから交換積分が正の場合、エネルギーとして Etriplet の方が低くなり、スピン三重項(二つのスピンが平行)の方がよりエネルギー的に安定となる。逆に交換積分が負の場合、Esinglet の方が低くなり、スピン一重項(二つのスピンが反平行)の方がより安定となる。このように交換積分の正負によりスピン一重項、三重項の間でエネルギー差とエネルギーの大小が生じ、これを引き起こすのが交換相互作用と言える。スピンが平行、反平行どちらがより安定であるかが、系の磁気構造(強磁性か反強磁性か)がどうなるかに深く関係する。
二電子のスピンを s1、s2 として先のエネルギー部分 E を表すと、
となる。この時、軌道関数 φ1(r) と φ2(r) は互いに直交する場合、交換積分 J は必ず正の値となる。上の式の右辺第2項は、今回のような特定の問題設定に対し有効なハミルトニアンで、有効ハミルトニアンとよぶ。
[編集] 交換積分 (J > 0) について
軌道関数 φ1(r) と φ2(r) が互いに直交する場合、交換積分の式において、e2/|r1 - r2| の部分をフーリエ変換すると、
となる。Ω は系の体積で、k は波数である。これを交換積分の式に代入して、 φ1(r) と φ2(r) が直交することから、
と書き表すことが出来る。k2 は正であり、上の式の最下段の式のr1、r2 に関してのそれぞれの積分は互いに独立かつ共役(A*A > 0、A:個々の積分部分)になっているので、その積は正の値となる。従って、この場合の交換積分は正となる。