乙女人車軌道
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乙女人車軌道(おとめじんしゃきどう)とは、栃木県下都賀郡間々田村(現・小山市)にあった東北線間々田駅と、思川乙女河岸を結んだ個人が建設した貨物専用の人車鉄道である。当初目論んだ栃木県北から東京への河川併用の低コスト貨物輸送も、間々田駅、乙女河岸での2度の積み換えが予想外に手間取ったことと、思川の度重なる河川改修により思惑通りに進まなかった。後に需要が高まっていた思川の砂利輸送に命運を託すが、貨車不足で一日あたり東北本線の貨車1、2両程度の輸送量に過ぎず廃止に至った。
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[編集] 路線データ
※運行停止時点
- 路線距離:間々田駅~乙女河岸 約1.6km
- 軌間:610mm(2フィート)
- 駅数:2駅(起終点含む)
- 電化区間:なし(全線非電化)
[編集] 運行形態
貨物輸送が主力で貨車10両、客車無し
[編集] 歴史
- 1899年(明治32年)2月13日 内務省特許状により営業許可取得。
- 1899年(明治32年)4月14日 開業。
- 1912年(大正元年) 「乙女砂利専用鉄道」に名称変更
- 1915年(大正4年) 「大正砂利株式会社」となる。
- 1917年(大正6年)6月26日 廃止。
[編集] 駅一覧
※運行停止時点
間々田駅(ままだえき) - 乙女河岸(おとめかし)
[編集] 接続路線
営業当時は「宇都宮線」の愛称は無い。