上石津ミサンザイ古墳
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上石津ミサンザイ古墳(かみいしづみさんざいこふん、履中天皇陵)は、大阪府堺市西区石津ヶ丘にある前方後円墳。
[編集] 概要
百舌鳥古墳群の南部に位置し、履中天皇陵と比定されている前方後円墳。大きさは全長約360m、後円部径205m、高さ約25m、前方部幅約237m、高さ約23mで、日本で3番目の大きさである。
「石津ヶ丘古墳(いしづがおかこふん)」「百舌鳥陵山古墳(もずみささぎやまこふん)」とも呼ばれる。
履中天皇陵に比定されているが、実際の被葬者は不明。現在は百舌鳥耳原三陵(「田出井山古墳(伝反正天皇陵)、大仙古墳(伝仁徳天皇陵)、上石津ミサンザイ古墳)のひとつ「百舌鳥耳原南陵」として、宮内庁が管理している。
履中天皇は仁徳天皇よりも後の時代の人物とされているが、考古学の発掘成果[要出典]から、上石津ミサンザイ古墳は大仙古墳(仁徳天皇陵)よりも古い時代に造築されたと考えられている。