ワッキー
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ワッキー(本名:脇田 寧人 - わきた やすひと、1972年7月5日 - )は、お笑いコンビ「ペナルティ」のボケ担当。吉本興業所属。北海道出身。身長178cm、体重68kg。血液型B型。
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[編集] 略歴
父親の転勤で、千葉県市原市→愛知県名古屋市名東区(猪高小学校卒)→北海道釧路市(東中学校〈現 幣舞中学校〉)→千葉県船橋市と移り住む。
船橋市立海神中学校卒業。サッカーでのポジションはフォワード。船橋市立船橋高等学校体育科時代は清水商業のエース・名波浩のマーカーとしてDFにコンバートされるなどして活躍。
卒業後、専修大学経済学部へ進学。しかし膝を壊したことでサッカーが出来なくなってしまい、将来を悲観し、専大サッカー部の合宿所を脱走して中退。その後タイに数ヶ月在住した経験を生かしてタイ料理店などのアルバイトを転々としていたところ、高校・大学のサッカー部先輩であるヒデに誘われてコンビを結成。
2007年10月9日に「ロンドンハーツ」の3時間スペシャル終盤にて、2歳年下の一般女性との結婚を生放送で発表(ロンドンブーツ1号2号とヒデが自宅に突入するという、半ばドッキリに近い形で)。番組内で入籍日を公表したが、入籍当日区役所の前に現れた取材カメラはゼロだった。
[編集] 人物
- 非常に特徴的な芸風を持つ。「ワッキーダンス」「芝刈り機の真似」「プニョンペン」「野口五郎の真似」「毛ダム」「ヒゲグリア」「乳首がずれてるポリスマン」「オバケの救急車」「空飛ぶ萬田久子」など人・モノを問わない数々の持ちネタがある。
- サッカーの道を諦めざるを得なくなったが、今でも筋トレを欠かさずに築きあげられたスポーツマン体型の持ち主。ブーメランパンツ(ブリーフ)を愛用している。
- かなり体毛や髭が濃くその事をネタにされたりする事がある。
- 巨乳の女の子が大好き。
- 2007年1月の「藤原紀香の1ボトル」にゲスト出演した際、陣内智則との婚約発表を控えた紀香をマジ口説きし最後に持ちネタの「お化けの救急車」を強要して陣内&紀香を見守る人や紀香ファンの顰蹙を買うくらいのネタっぷりを見せつける
- 吉本ブサイクランキング2位となった。ちなみにワッキーは「行列のできる法律相談所」に出演した際に、市船時代はモテていたと語っている。
- 釧路市立東中学校(現:幣舞中学校)に特別な思い入れがある。
- 最近はスベリ芸が定着しつつある。特にアメトーークではその傾向が顕著で、概して扱いが悪い。
- ネタの最中に噛んだり、言い間違えをすることがある。(取り調べを取り締まりと言うなど)
- 上記のようにアメトーーク内では、カンペを読み間違える。カメラの向きを間違える。などと失態が際立っている。
- よくロンドンブーツ1号2号や山口智充と同期であることをアピールしている。
[編集] エピソード
- 当初ヒデは相方として5人の人間を勧誘しておりワッキーはその5人目であったが、ある番組で相方に告白されるまでワッキーはその事実を知らなかった。
- タイ在住経験からタイ語を流暢に話せる。野菜の飾り切りができるなどの特技を持つ。
- 2007年1月の「爆笑ヒットパレード」(フジテレビ系)にて「ホップステップ野口五郎たぬき」という持ちネタの合わせ技をやり、見事初笑いを成功させた(しかし、ネタのチョイスで笑福亭鶴瓶に苦言を呈された)。
- 「ノブナガ」(CBC)では、愛知県・岐阜県・三重県の三県の地名が出るまで「地名」でしりとりをする「地名しりとり」で3年10ヶ月もの間、三重県の地名が出ないで迷走していた。しかし様々な名場面を生み出し、ワッキーの素の人柄もあいまって人気企画へと発展し、後のブレイクへの基礎となっている。
- アメトーークの「華の47年芸人」で、ワッキーがあまりにもすべっていたため、共演した土田晃之に本気で叱られたことがある。それ以来ワッキーは土田を怖がっている。
- 家族(特に母親)からは「ヤッチョ」と呼ばれているらしい。
- 母親曰く「昔は女の子みたいで可愛かった。」と某番組[要出典]でがっかりした様に言っていたが、おしゃれイズムでは「息子が1番かっこいい」とか「仕送りをしてくれる良い息子」と自慢げに話していた。
- 愛車はトヨタ エスティマ(2代目)。
- 独身の頃は、仕事帰りによく寄り道をしていたが、結婚してからは真っ直ぐ家に帰るようになったという。
[編集] 「スポーツマンNo.1決定戦」での活躍
「スポーツマンNo.1決定戦」(TBS系)では、芸能人サバイバルバトルによく出場している。第13回大会に本名の脇田寧人で初出場。モンスターボックス(跳び箱)19段の記録を作り、総合4位となった。
翌第14回大会は、QUICK MUSCLETAIL(3分間腕立て伏せ)で190回の芸能人新記録を一時的に作る(直後になかやまきんに君、池谷直樹に抜かれ、「究極の三日天下だったな」と嘆く)。そしてTAIL IMPOSSIBLE(持久走)で初の種目別No.1を獲得。きんに君と最後まで死闘を演じ、総合2位となった。
第16回大会は1種目目のREVOLUTIONでいきなり種目別No.1になるが、次の種目のSPIN OFFで腕を負傷。途中棄権となってしまう。
第17回大会はSPIN OFFでリベンジを果たし、決勝できんに君を撃破。TAIL IMPOSSIBLEでもNo.1となり、最終種目まで暫定1位だったが、TAIL IMPOSSIBLEでの激走で古傷のアキレス腱痛を再発。無念のドクターストップ棄権に涙を流し、総合4位で終わってしまった。
次の「新王座チャレンジバトル」では序盤は不調も、中盤辺りから追い上げ、最後に高橋光臣を破り悲願の総合No.1に輝いた。
前回大会は暫定王者扱いであったが、第18回大会では知幸と接戦を繰り広げながら、見事逆転勝利。初のサバイバルバトル制覇で、総合No.1となった。
また、2006年元日のプロスポーツマン大会にもモンスターボックスとBURN OUT GUYSに出場している。
次の2008年元日のプロスポーツマン大会にも出場。TAIL IMPOSSIBLEでNo.1となり、SHOT GUN TOUCHで自己記録を更新し、総合6位と健闘した。
そして、2008年3月のSASUKEに出場するも、第1STAGEで敗退。
この番組での活躍により、知名度が上がったとの見方をワッキー自身がしており、品川庄司の二人も出場した際にそのように語っている。
[編集] 歌唱力
普段はお笑いタレントとしてのイメージに合わない為か封印しているようだが、抜群の歌唱力を備えている。トミーズ雅や山口智充とは違って歌を聴かせる仕事は基本的にしない為、美声が聞けるチャンスは滅多にない。
相方・ヒデもなかなかの歌唱力だが2人同時に歌うと下手に聞こえる。
[編集] 主な出演番組
コンビでの出演はペナルティ (お笑いコンビ)を参照。
- ノブナガ(出演終了。番組自体は継続中)
- アメトーク
- 爆笑オンエアバトル
- スポーツマンNo.1決定戦
他多数