ローラン・ボック
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ローラン・ボック(Roland Bock、1944年 - )は西ドイツ出身のプロレスラー。ローランド・ボックと表記されていたこともあるが正しい読みはローラント・ボック。また、後述の猪木との西ドイツでの初対戦を報じた雑誌では、明らかな間違いであるがローラン・ブルックと紹介された事もある。 なお、 ドイツ語:Roland をローラントとカタカナ表記するのが当然なのだが、本人は専門紙「週刊ファイト」でのインタビューにおいて「ローラントは間違いなので、ローラン・ボックと表記して欲しい」と述べていた。これはヨーロッパにおいては知らぬ者がいない叙事詩 La Chanson de Roland(ローランの歌)の主人公に自らを重ねていたことに由来する(シュツットガルトでの猪木戦、俗に言うシュツットガルトの惨劇で、ボックを応援する観客が大合唱したのがローランの歌である)。つまり、リングネームとしてはローラン・ボックとフランス語風に発音することを、本人は希望していた。
身長191cm、体重120kg。「欧州の帝王」「地獄の墓掘人」の異名をもつ。得意技であるダブルアーム・スープレックスは一撃必殺の技として知られる。欧州遠征したアントニオ猪木の肩を脱臼させたのもこの技である。
ボックは「腕さえ回れば象でも投げられる」と常々豪語していたと言われ、実際に巨漢で知られるアンドレ・ザ・ジャイアントを投げようとしたという逸話も残っている(ただし、実際にアンドレを投げることが出来たのかについては諸説あって不明である)。また、彼は西ドイツでプロモーター業も行い、1978年の猪木の欧州遠征では選手として自ら猪木と戦いつつ、興行そのものを取り仕切っていた。
日本へは合計3回来日し、その全てが猪木の団体である新日本プロレスへの登場であった。