ランブル鞭毛虫
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ランブル鞭毛虫(-べんもうちゅう、Giardia intestinalis)はディプロモナス目ヘキサミタ科に属する単細胞で寄生性の鞭毛虫である。ヤツヒゲハラムシ、ジアルジアとも。脊椎動物の消化管に寄生してジアルジア症(giardiasis)を引き起こす。
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[編集] 形態
栄養型は前部が丸く後部が細長い左右対称の洋梨形で、体長12-15μm、幅5-9μmほどである。前部に核小体のない核が2つあるが、繊毛虫と違って2つの核がほとんど同じ形態をしており、等量のDNAを含み、ともに転写が起きている。2つの核の間の生毛体(blepharoplast、またはキネトソームkinetosome)から4対8本の鞭毛(前側鞭毛・側鞭毛・腹鞭毛・後鞭毛)が出ている。この鞭毛はしばらく細胞質内を通ってから各所で細胞外に出る。腹側前半は吸着円盤(adhesive disc、sucking disc)になっていて、ここで小腸上部の粘膜刷子縁に吸着している。吸着円盤の後方に中央小体(median body、かつては副基体parabasal bodyといった)という微小管の束があるが、機能はまだよくわかっていない。光学顕微鏡のもとでは全体として道化の顔のように見える。
ミトコンドリアを欠いており、代わりに相同と考えられるマイトソームという細胞内小器官が知られている[1]。かつては小胞体がないと考えられていたこともあるが、微細構造と遺伝子の両面から確実な小胞体が存在している。ゴルジ体も普段は曖昧だが、シスト化(被嚢)する過程ではっきりと観察される。
シスト(cyst、嚢子)は径8μm程度の楕円形で、4核をもち、曲刺(curved bristle)という構造が特徴的である。
[編集] 生態
[編集] 宿主
ランブル鞭毛虫は人間の病原体であると同時に、牛、ビーバー、鹿、犬、羊などに寄生し、特に猫の寄生虫としても有名である。寄生部位はヒトの場合、十二指腸から小腸上部であるが、胆嚢へ及ぶこともある。
[編集] 生活環
ランブル鞭毛虫の生活環は感染宿主の糞便とともに排出されるシストに始まる。宿主がシストを摂取すると、胃を通過した後に栄養型(トロフォゾイト、trophozoite)が出てきて摂食・運動をはじめる。栄養型は飲作用(pinocytosis)により栄養を吸収し、縦二分裂により無性増殖をおこなう。有性生殖は知られていない。栄養体は消化管内の粘膜を消化するため、宿主がみぞおちに痛みを感じたり、ガスが多くなったり、脂肪や粘液を含むが血液は含まない下痢を起こしたりする。何がきっかけでシスト化するのかははっきりしておらず、胆汁の成分やコレステロール飢餓など複数の説がある。ともかく、核分裂の後、細胞分裂をせずにシスト化が始まるため、シストには4つの核がある。生じたシストは糞便とともに消化管を通過し、成熟した状態で排出される。成熟シストは感染力が強く、10-25個程度を経口摂取しただけで感染する。
[編集] ゲノム
ランブル鞭毛虫のゲノムは半数体あたりおよそ12Mbで、5本の線状の染色体からなり、その末端にはテロメア(TAGGG)が付いている。それぞれの核は2倍体で、したがって栄養型の細胞は実質的には4倍体になっている。染色体の末端には組み換え頻度の高い領域があり、そのため染色体の大きさは安定していないと考えられている。有性生殖が知られていないのにもかかわらず、ヘテロ接合度は極めて低いことがわかっている。ランブル鞭毛虫の遺伝子は、イントロンが少ないことと、5'端がキャップされておらず5'-UTRが非常に短いこと、という特徴がある。
[編集] ジアルジア症
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[編集] 特徴
ジアルジア症はひどい下痢と腹部の痙攣を特徴とする胃腸炎である。鼓腸、膨満、疲労、吐き気、嘔吐、体重減少などを伴うが、患者によっては吐き気や嘔吐が主症状となることもある。病原体を摂取したあと、7日から10日程度の潜伏期間を経て症状が出る。これは2-4週間でおさまるが、乳糖不耐症の場合には6ヶ月続くこともある。程度は様々で、無症状キャリアも多い。自然治癒するが、免疫不全の場合には慢性化し胆嚢・胆管炎を併発することが多い。日本では感染症法施行規則により五類感染症(全数把握疾患)に指定されており、診断した医師には届け出が義務づけられている。
[編集] 動物における徴候
ネコは簡単に治癒し、仔ヒツジでは体重が減るだけだが、仔ウシの場合は致死的なこともあり、抗生物質や電解質を与えても効かないことも多い。一方、無徴候でキャリアとなる仔ウシもいる。チンチラでは致死的なので安全な水を与えるように特別の警戒が必要である。
イヌの場合は深刻で、犬舎にいる1歳未満のイヌの3割ほどが感染している。犬舎での処置は、感染した犬を特定して隔離するか、あるいは単に全部の犬を治療し、その後犬舎全体を消毒する。シストは最低1ヶ月は生存しているため、その間は運動のための草場は汚染されていると考えるべきである。予防のためには最低20日間隔離しておき、あまり多くのシストがないように給水設備を管理することが挙げられる。
[編集] 疫学
世界中に分布しありふれた病気であるが、とくに熱帯・亜熱帯地域に多く感染率は1-2割に達するといわれる。特にインド周辺を旅行した者が感染する例が増えており、旅行者下痢症(traveler's diarrhea)の1つとして注目されている。一方、欧米の都市化された地域でも、水道管に汚染水が混入して集団感染する例が起きている。日本でも戦後すぐには感染率が数%だったとされている。現在、感染事例は年間100例前後でそのほとんどは輸入感染例であり、感染率は1%未満と考えられている。ただし飼育犬の1割以上から検出された例があり、また厚生省(当時)の調査で水源水域282地点中24地点で検出されたことがあるため、潜在的なリスクは現在でも無視できない。
[編集] 感染経路
ランブル鞭毛虫は食品や水に含まれるシストを摂取することにより感染する。感染源としては生水、生野菜、生ジュースなどが主であり、一見きれいにみえる渓流の水などが危険である。キャンプをしたり、川やビーバーダムのようなところで泳いだりすると感染することがあり、それゆえジアルジア症には「ビーバー熱」という俗称がある。また人間や動物の糞便から感染することもある。キャンプ場、デイケアセンターなどで感染するほか、飲料水由来の蔓延がおきたり、感染した家族からうつることもある。生食や、井戸や水道水、食器などが汚染されたことが原因になることもある。感染しても症状が出るとは限らないが、無症候性キャリアとなる場合がある。また性的接触による感染も知られている。
[編集] 治療
治療はメトロニダゾール(metronidazole)やチニダゾール(tinidazole)の経口投与が有効である。これらは日本では抗トリコモナス薬として薬価収載されており、ジアルジア症に対しては健康保険の適用外となる。
[編集] 予防法
シストは湿った条件下では強い耐久性があり、水中で数ヶ月生存し、-20℃でも10時間まで生存できる。塩素処理にもある程度の抵抗性があり、クロラミン処理ではほとんど死なない。一方で熱処理には弱く、60℃数分の加熱で死ぬ。したがって野外での飲料水浄化法としては濾過や煮沸が推奨される。汲み置いて上澄みをすくうだけではランブル鞭毛虫を充分防ぐことは出来ない。
[編集] 分類
ランブル鞭毛虫が所属するディプロモナス目は、古典的な分類体系では動物性鞭毛虫綱に含めていたが、分子系統解析によればエクスカバータのうちフォルニカータと呼ばれる系統に属している。
ランブル鞭毛虫に近縁な原虫は多くの脊椎動物から見出される。従来これらの原虫は宿主特異性が強いと考えられていたため、宿主ごとに別種とされて40種以上が記載されていた。しかし現在では形態観察や分子系統解析に基づいて以下の6種が受け入れられている。
- Giardia agilis Künstler, 1883
- 栄養型が縦に細長く、中央小体は棍棒状。両生類に寄生。
- Giardia muris (Grassi, 1879)
- 栄養型が小型で丸い、中央小体も小さく丸い。主として齧歯類に寄生。
- Giardia intestinalis (Lambl, 1859)
- 栄養型が洋梨形で、中央小体はかぎ爪状。ヒトを含む哺乳類に寄生。
- G. psittaci
- インコに寄生。
- G. ardeae
- サギに寄生。
- G. microti Kofoid & Christiansen, 1915
- ハタネズミなど齧歯類に寄生。
このうちG. intestinalisについては宿主特異性の異なる複数の遺伝型が存在することが判明しており、将来的にはこれに基づいた再分類が行われることが期待される[2]。
[編集] 学名について
ランブル鞭毛虫の学名は混乱している。教科書などで最もよく使われているのはGiardia lambliaだが、これを用いる命名規約上の正当性は明確にされていない。おそらくGiardia intestinalisが正当であろうと考えられているが、未だにG. lambliaも多く使われている。またウサギ由来の原虫に与えられた種小名を使ったGiardia duodenalisという学名もある。
- intestinalis
-
- 1859年 - ウィリアム・ランブル(William Lambl)が、ヒト由来の原虫にCercomonas intestinalisと名付けた。しかし1850年にBodo intestinalisがCercomonas属に移されているためこの名前は使えない。
- 1881年 - GrassiがMegastoma entericumと改名した。Megastomaはすでに軟体動物に使われていたので、この属名は使えない。
- 1882年 - Künstlerがオタマジャクシ由来の原虫に、Giardia agilisと名付けた。これによりランブル鞭毛虫類の属名がGiardiaとなる。
- 1888年 - BlanchardがGiardiaに気付かずにLamblia intestinalisと改名した。
- Lamblia属はGiardia属の異名なのでGiardia intestinalisとなる。しかしこの種小名は1859年時点で同名により不適格かもしれない。
- duodenalis
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- 1875年 - Davaineがウサギ由来の原虫に、Hexamita duodenalisと名付けた。
- 1902年 - StilesがMegastoma entericumをLamblia duodenalisと同一視した。
- Lamblia属はGiardia属の異名なのでGiardia duodenalisとなる。ウサギ由来とヒト由来を同種と考えるならばこの種小名が使える。
- enterica
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- 1920年 - Kofoid & ChristiansenがGrassiのMegastoma entericumをGiardia属に移してGiardia entericaとした。
- ウサギ由来とヒト由来を別種と考えるならばこの種小名が使える。しかし原記載の時点ではG. murisと同一視されていたため無視されている。
- lamblia
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- 1915年 - Kofoid & ChristiansenがStilesからの手紙にあったGiardia lambliaという名を紹介した。
- この種小名を正当化する理由がない。
[編集] 歴史
ランブル鞭毛虫の発見は、1681年レーウェンフックが自分の下痢の中に栄養体を観察したことに遡る。イギリスの微生物学者Brian J. Fordは、レーウェンフックが用いたような単眼式の顕微鏡を用いた再現実験により、原始的な顕微鏡でも鮮明にランブル鞭毛虫を観ることができることを示している[3]。
[編集] 参考文献
- Rodney D. Adam (2001). “Biology of Giardia lamblia”. Clinical Microbiology Review 14 (3): 447-475. PDF available.
- 吉田幸雄 『図説人体寄生虫学』第6版、南山堂、2002年。ISBN 4-525-17026-3
- ^ Tovar J, León-Avila G, Sánchez LB, Sutak R, Tachezy J, Van Der Giezen M, Hernández M, Müller M, Lucocq JM (2003). “Mitochondrial remnant organelles of Giardia function in iron-sulphur protein maturation”. Nature 426 (6963): 172-176. PDF available.
- ^ 阿部仁一郎 『ジアルジアの分類と分子疫学』生活衛生、第49巻、98-107頁、2005年。 PDF available
- ^ Ford, BJ (2005). “The discovery of Giardia”. Microscope 53 (4): 148-153. PDF available.