ジェームズ4世 (スコットランド王)
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ジェームズ4世(James IV, 1473年3月17日 - 1513年9月9日)はスコットランド王(在位:1488年 - 1513年)。ジェームズ3世とデンマーク王クリスチャン1世(スウェーデンとノルウェーの王も兼ねた)の娘マーガレット(マルグレーテ)の子。
ソーキバーンの戦い(Battle of Sauchieburn)で死んだ父の跡を継いで15歳で即位。ソーキバーンの戦いでは反乱軍の名目上の指導者となっていたのであるが、父の死に際して自分が演じた役割に気付いて、四旬節のたびごとにシリス(cilice)を着用して自らの罪の償いを行った。
ジェームズ4世は有能な統治者で、反乱を抑え、芸術を振興し、銃鋳造や造船に力を入れた。イングランドとは1502年に平和条約(Treaty of Perpetual Peace)を締結し、1503年にヘンリー7世の娘マーガレット・テューダーとホリールード寺院で結婚式を挙げた。2人の間には4男2女が生まれたが、成人したのは三男のジェームズ(のちのジェームズ5世)だけだった。
イタリア戦争の余波でイングランドとフランスの間で戦争が始まると、イングランドとの平和条約とフランスとの古い同盟(Auld Allianc)の板挟みになった。1513年イングランドの新しい王ヘンリー8世がフランスへの侵入を図ると、イングランドへ宣戦布告した。しかしながら、フロドゥンの戦い(Battle of Flodden Field)で大敗し、ジェームズ4世も戦死する。
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