シンクライアント
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シンクライアント(Thin client)とは、ユーザーが使うクライアント (コンピュータ)端末に必要最小限の処理をさせ、ほとんどの処理をサーバ側に集中させたシステムアーキテクチャ全般のことを言う(広義のシンクライアント)。または、そのようなシステムアーキテクチャで使われるように機能を絞り込んだ専用のクライアント端末のことを言う場合もある(狭義のシンクライアント)。
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[編集] 語源
シンクライアントの「シン」とは「thin」すなわち「薄い」と言う意味で、クライアント端末が、サーバに接続するための最小限のネットワーク機能、およびユーザーが入出力を行うためのGUIを装備していれば良いことを示している。シンクライアントとは逆の意味を持つ用語としては、「ファット(FAT)クライアント」または「シック(Thick)クライアント」がある。本来の英語の「Thin」の反対語は「Thick」であるが、日本ではシンクライアントの反対語としては「ファットクライアント」の用語が用いられることが圧倒的に多い。
[編集] 「リッチクライアント」と対比される「シンクライアント」
「リッチクライアント」という用語の説明の際によく持ち出される「シンクライアント」は、本項目で説明するものとは別のものである。これは、Web3層システムにおいてクライアントサイドスクリプト等を利用しないWWWブラウザ等を指す用語である。以下はリッチクライアントの説明の際に使われる場合の各用語の解説である。
- ファットクライアント
- Web3層以前の2or3層C/SシステムにおけるVBプログラムなど。
- リッチクライアント
- AjaxやFlashプラグインを利用したクライアントサイド技術を利用したWWWブラウザ等。
- シンクライアント
- サーバサイドプログラムのみを利用し、クライアントサイドプログラムを利用しない場合のWWWブラウザ。
[編集] 現在までの歴史
[編集] 創成期
シンクライアントの歴史を考える場合、どの時代の何を起源とするかは、議論の余地のあるところである。古くは、大型汎用コンピュータと共に使われていたダム端末に起源を求める説もあれば、X Window SystemのX端末を起源とする説もある。確かにこれらは、上記したシンクライアントの定義からすると、シンクライアントそのものではある。しかしながら、これらが「シンクライアント」と呼ばれることは、ほとんどないことは事実であろう。
世の中で「シンクライアント」と言う用語が初めて使われた出したのは、1996年のことである。きっかけとなったのはOracle社で、「NC (Network Computer)」と言う呼称を用いて新しい端末のコンセプトモデルを打ち出した。さらに数ヵ月後にはSun Microsystems社から「Java Station」と言う呼称で、同様のコンセプトモデルが発表された。
これらのコンセプトモデルは、最小限の機能のみを持たせた端末と、それを使うためのシステムアーキテクチャを打ち出しており、まさにシンクライアントそのものであった。これらが最も注目を浴びた理由は、当時機能豊富だが高価だったWindowsパソコンに対抗して、低価格を前面に出していたことだと言える。同時に、当時大型の筐体が一般的だったパソコンに比べ、これらコンセプトモデルは非常にコンパクトでデザイン的にも斬新なものであり、見た目の派手さにおいても大きな話題を集めた。
当時のシンクライアントは、「(端末の)価格」と、「(端末の)見た目のデザイン」で注目を浴びており、「端末を使うためのシステムアーキテクチャ」には注目が集まらなかった。
[編集] Microsoftの参入
OracleのNetwork Computer、SunのJavaStation、これら2つのコンセプトモデルの先進性・話題性に脅威を感じたMicrosoftは、狭義のシンクライアント(端末)として、Windows CEをベースとした「Windows Based Terminal(WBT)」を発表し、同時に広義のシンクライアント(システムアーキテクチャ)として、Windows NT Server 4.0 Terminal Server Edition (NT4.0 TSE)を発表した。NT4.0 TSEは、既にWindowsベースのマルチユーザ&リモート操作を実現していたシトリックス・システムズ(Citrix Systems)社のWinFrameの技術をライセンス供与されたものである。NT4.0 TSEは、既に発売されていたWindows NT Server4.0とは別製品としての発売であったが、Windows 2000 Server 以降では広義のシンクライアント用としてマルチユーザ&リモート操作を実現する「ターミナルサービス」の機能が標準で搭載されるようになっている。なお、これのシングルユーザ版がWindows XP(サーバになれるのはProfessional版のみ)およびWindows Vista(サーバになれるのはBusiness・Enterprise・Ultimate版のみ)に標準搭載された「リモートデスクトップ」である。
MicrosoftのWBT発表の頃から、先に出ていたNetwork ComputerやJava Stationも含めた、これらの端末もしくはシステムアーキテクチャの総称として「シンクライアント」の用語が頻繁に用いられるようになった。
[編集] 地道な普及
デビュー時には大きな注目を浴びたシンクライアントであるが、狭義のシンクライアント(専用端末)の観点で見ると、十分に普及したとは言いがたい。これは、NCをはじめ当時のシンクライアントが「高価なパソコンに低価格で対抗するもの」と位置づけられていたが、シンクライアント発表と相前後してパソコンの価格が急落し、シンクライアントの価格メリットが相対的に薄れてしまったことによる。
一方で広義のシンクライアントの観点で見ると、端末自体は既存のファットクライアントを使いながら、サーバ側に処理を集約するシステムアーキテクチャは確実に普及を進めてきた。この代表例が、マイクロソフト社の Windows 2000 Server、 Windows Server 2003に実装されているターミナルサービスと、ターミナルサービスを機能拡張するシトリックス・システムズ社のMetaFrame(Citrix Presentation Server)である。
[編集] セキュリティ対策として再注目
上述したとおり、デビュー後しばらくは普及しなかった狭義のシンクライアントであるが、2004年頃から「低価格」とは全く別の利点に注目が集まるようになった。それはセキュリティ面での利点である。この頃から、企業内で管理している個人情報などが外部に流出する事件が発生し、これの対策に企業は取り組むようになってきた。多数の社員が使うパソコンに重要情報が保存されている現状では、セキュリティ対策が困難である一方で、狭義のシンクライアントの端末側にデータを持てない特性が、情報漏洩対策に効果的であるとして注目を集めるようになったのである。
日本においてシンクライアントへの注目が一気に高まったのは、2005年1月3日の日本経済新聞の一面トップ記事において「日立製作所がパソコン利用を全廃する」との見出しが出されたことによる。記事中では、セキュリティ対策のために、データが保存できない新型端末(狭義のシンクライアントのこと)に徐々に移行し、最終的にパソコンの利用を全廃していくと紹介されている。それまでシンクライアントは、企業情報システムに関心のある一部の人達の中で話題になるのみであったが、この記事をきっかけにして広く一般にも知られるところとなった。その後、朝日新聞のような一般紙や、NHKのニュースでも紹介された。
[編集] 実装方式
シンクライアントには様々な実装方式があり、また、新たな実装方式が次々と考案されている。シンクライアント自体の歴史も浅く、呼び方も統一されているとは言えないが、以下では代表的なシンクライアントの実装方式について説明する。なお、ここで言う「実装方式」とは、広義のシンクライアント、すなわちシステムアーキテクチャの方式のことである。
なお、サーバベース方式、ブレードPC方式、仮想PC方式の3つを併せて「画面転送方式」と呼ばれることもある。
[編集] ネットワークブート方式
サーバ側にOSイメージをおいておき、端末起動時にはPXEを用いてネットワーク経由でOSをブートする方式。実際のアプリケーションの処理は端末側で行う。一般的には、LinuxやMac OS X(NetBoot)などの、Unix系のOSが使われることが多い。Ardenceやe-tools社のLanPC2は、数少ないWindowsをベースとしたネットワークブート方式のシステムである。
画面転送方式と異なり、アプリケーションの処理を端末側で行うため、アプリケーションの互換性の問題が出にくいことが最大の利点である。その一方で、端末起動時にアプリケーションを含めたOSイメージ全体がネットワークを流れるため、ネットワークへの負荷の大きさが問題となることが多い。また、端末上のアプリケーションで作成したデータは、通常のファイル転送によってネットワークファイルサーバに保存されるため、その面でのセキュリティ対策も必要となる。
[編集] サーバベース方式
アプリケーションの実行など全ての処理をサーバ上で行い、端末側は遠隔操作端末としての役割のみを担う方式。サーバから端末には画面情報が転送され、端末からサーバへはキーボードやマウスの入力情報が転送される。シンクライアントの実装方式としては最も普及した方式である。マイクロソフト社の Windows 2000 Server、 Windows Server 2003に実装されているターミナルサービス、シトリックス・システムズ社のMetaFrame(Citrix Presentation Server)、Sun Microsystems社のSun Ray、Secure Global Desktop(旧Trantella製品)、Elusiva, Propalms社の Propalms TSE、Graphon社の Go-Global、2x社の 2X ApplicationServer などの製品がある。1台のサーバに複数のユーザーが同時ログオンして使用する(マルチユーザー)ために、マルチユーザー対応されていない Windows アプリケーションの互換性や印刷、ライセンス面での整理が課題とされていた。近年はマルチユーザーに対応したアプリケーションやプリンタドライバがリリースされている為技術的な課題は解消されつつあるが、ライセンス面での整理はあまり進んでいないのが現状である。なお、一部のプロダクトではマルチユーザーに対応していない Windows アプリケーションも、CPU やメモリ空間、ファイルシステムやレジストリ空間、IPアドレスまでユーザー毎に仮想独立化する技術を利用し、サーバベース方式で動作させることが可能となっている。
[編集] ブレードPC方式
サーバベース方式でのサーバと端末の通信方式はそのままに、サーバではなく、たくさんのPCブレード(刃のように薄いパソコン)を並べた方式。PCブレード上ではWindows XPなどのクライアントOSを動作させる。サーバベース方式で課題となっていたWindowsアプリケーションの互換性の課題を改善することを目的に考案された。一方で専用のハードウェア(PCブレード)に依存するため全体の価格が高くなりがちなこと、特定メーカーの特定ハードウェアに依存してしまうこと、個々のクライアントOSの管理が煩雑なことなどから、あまり普及はすすんでいない。[要出典]
[編集] 仮想PC方式
サーバベース方式とブレードPC方式と折衷とも言える、ごく最近になって考案された仕組み。サーバOS中で、VMWare,Xenなどを使った仮想マシンを複数実行させる。物理的にはサーバ機を使うが、ユーザーからはブレードPC方式のように複数のクライアントOSが見える。サーバベース型、ブレードPC型の両者の課題を解決したかにみえたが、仮想マシン上で動作するクライアントOSの性能が与えられる資源量が少ないために十分でないことや、個々のクライアントOSの管理が煩雑になるなどの課題は残っているが、大手企業などでの利用も始まっている。 Citrix XenServer Express Editionでは無料提供されており、その後の上位のCitrix XenServer への以降も容易となっている。
[編集] 外部リンク
- Ardence:ネットワークブート方式シンクライアント
- Citrix Presentation Server:サーバベース方式シンクライアント
- 2x ApplicationServer:サーバベース方式シンクライアント
- LanPC2:ネットワークブート方式シンクライアント