クラッチ
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クラッチ (Clutch) は、回転動力を伝達するための機械要素の一つである。入力軸と出力軸を機械的あるいは電磁的に結合し原動機軸の回転を被駆動軸に伝える一方、その結合を解くことにより被駆動軸への回転を遮断することができる。
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[編集] 自動車におけるクラッチ
内燃機関のように短時間に頻繁に起動・停止を繰り返すことが困難な原動機では、出力の伝達を一時的に停止するためには必須である。
[編集] クラッチの分類
- 湿式・乾式クラッチ
- 湿式クラッチは、潤滑油により円板を潤滑するもので、耐摩耗性や冷却性に優れる。これに対して乾式クラッチは潤滑を行わないもので、湿式クラッチに比べると構造が単純で保守性が高く、動力の遮断性に優れる。オイルの抵抗を受けない乾式の方がクラッチの切れは良いが、オイルがダンパーの役割をする湿式の方が繋がる際のタッチが穏やかである。湿式クラッチはオートバイや一部の中~大型クラスの農耕用トラクター(ちなみにヤンマー製の農耕用トラクターの場合、ごく一部の30馬力以下の小型クラス(1500cc以下の小型特殊自動車区分の農耕用トラクター。例として「ヤンマートラクターEF324(24馬力)」、同「EF330VJ(30馬力)」等)にも存在する)で広く用いられている他、自動車のオートマチックトランスミッションにおける遊星歯車機構の切替にも用いられている。これらの多くは、小型化のため多数の入力側の円板と出力側の円板(フリクションディスク)を交互に重ねることで、接触面積を増大させた多板クラッチである。
- 乾式クラッチはマニュアルトランスミッションの自動車の大半に、1枚の出力円板を持つ単板のものが用いられている他、スポーツカーの一部やレーシングカー、オートバイに多板のものが用いられている。エンジンをチューンしてパワーアップした乗用車ではツインプレートやトリプルプレートといった多板クラッチに換装することがある。
- コンパクトさが要求されるオートバイのエンジンは一般的に横置きで、クラッチやトランスミッションと一体式であり、同じオイルで潤滑される。レイアウト上、大径のクラッチ板が使えない代わりに軸方向のスペースに余裕があるので、小径のクラッチ板で枚数を増やした湿式多板クラッチとなっている。オートバイはクラッチの使用頻度が高い上、エンジン回転数も高く、大径のクラッチ板では更に線速度が速くなってしまい、負担が大きいので小径湿式多板クラッチは合理的といえる。
- ドゥカティや一時期のレーサーレプリカなどでは乾式多板クラッチを採用している車種もある。構造的には湿式と同じであるが、エンジンオイルに浸っておらず、クラッチが切れた状態ではカラカラと特徴的な音がする。エンジンオイルの攪拌抵抗を受けず交換が容易など、レースの世界ではメリットがあるが、耐久性に難がありジャダーが出易く、コストも手間もかかるので一般的ではない。またBMW、モトグッツィなどの縦置きエンジン車は、ほぼ四輪と同じ構造である。
- 遠心クラッチ
- 遠心クラッチとは、主として車や自動二輪において原動機の回転力を駆動力として伝達するために用いられており、原動機より伝達された回転力を摩擦抵抗の大きな物質(クラッチシュー)により、同軸上にある受け側の装置(クラッチアウター)に回転力を伝える装置である。
- 行程としては、
- 原動機の回転数が上がる
- 原動機より伝達された回転力が遠心力となり、クラッチシューが原動機の回転数に応じて外周方向へ開き始める
- クラッチシューが開くにつれ、外周にある受け側の装置と徐々に接触してゆく(俗に半クラと呼ばれる状態にある)
- 完全に接触しきると、原動機側の動力が受け側の装置に最大限伝達される
- また、原動機の回転数を下げて遠心力を弱くすることでクラッチシューに組み込まれているバネ(クラッチスプリング)の力によってクラッチシューが中心軸側に引き寄せられて外周との接触部分がなくなると、動力の伝達は遮断される。
- 電磁クラッチ
- 機構そのものをプーリーに内蔵できるため、サイズを小型化できるメリットがあり、「常時動力伝達の必要のない製品」に多く用いられる。身近な例ではカーエアコンの動力伝達に採用されている(多くの採用例はコンプレッサなどの圧縮装置である)。
- また、動力の伝達率(自動車で云う半クラッチ領域)を、電流の強さでほぼ無段階に調整できる強みがあり、CVT(無段階変速機)との組み合わせでトルクコンバータの代わりとして用いられる例もある。高度電子化の著しい現代の自動車に於いて、電気で直接制御できる電磁クラッチの強みを生かした例といえる。
- 咬み合いクラッチ
- 咬み合いクラッチと歯車を用いた変速機などでは、咬み合わせる歯車を変える際に歯車と咬み合いクラッチの回転数をあわせないと、すぐに咬み合わない上に咬み合いクラッチを損傷することがあるため、同期機構(シンクロメッシュ機構、シンクロナイザ)を有することが多い。
- 流体クラッチ
- 動力を伝える媒体が流体であるため、滑らかな伝動が可能である。しかし、駆動側が常に回転している時は、その原理から動力の伝達を完全には断つことができないため、オートマチック車のようなクリープ現象が起こる。また、動力を完全に伝えるということもできないため、これらに対して何らかの対策をとっていない場合には、クリープ現象によって動いてしまう(例:停車中に充分なブレーキをかけていない場合、車が動きだしてしまう)、流体クラッチを用いている装置全体のエネルギー効率を低下させてしまうといった問題が残る。
[編集] クラッチの操作
クラッチは、エンジンからの駆動力を駆動輪に伝え、またその伝え具合を調整する働きを持つ。エンジンからの駆動力が駆動輪にまったく伝わっていない状態を「クラッチが切れている」と表現し、この状態にすることを「クラッチを切る」という。反対に、エンジンからの駆動力を完全に駆動輪に伝えている状態を「クラッチがつながっている」と表現し、この状態にすることを「クラッチをつなぐ」という。
[編集] 四輪車
マニュアルトランスミッション車を運転するときには、運転席にクラッチ操作のための、ペダルが存在する。四輪の自動車では、ほとんどの場合には運転者から見て左端に配置されており、左足で操作を行う。ペダルを完全に踏み込んだ状態ではクラッチが切れて動力は完全に遮断されており、また、完全に放した状態ではクラッチが繋がりほぼ完全に動力を伝達している。この中間の状態を「半クラッチ」と呼ぶ。停車状態から発車するときや、低速ギアから高速ギアへギアチェンジする際のクラッチ操作では、いきなりクラッチを繋ぐとエンストやノッキングを起こしてしまうので、半クラッチの状態を少しだけ維持する必要がある。半クラッチ状態では、クラッチ板はわずかに動力を伝え、かつ滑ることもできる。
オートマチック車では、クラッチペダルこそ存在しないが、クラッチ自体は搭載されており、機械によってクラッチの操作が行われている。
[編集] 自動二輪車
一部の車両を除き、動力の接続は油圧またはワイヤーを介して左手レバーで操作し、半クラッチ状態もレバー操作によって生み出すことができる。 創成期には四輪に倣って足踏み式のクラッチが一般的だった。
[編集] 機械要素としてのクラッチ
機構の一部を動力から切り離す、トルクの調整、過負荷の保護 (トルクリミッタ) として用いられる。
[編集] クラッチの分類
- 摩擦板クラッチ
- 入力軸と出力軸のそれぞれに接続された円板同士を接触させることで生じる摩擦力により、動力の伝達を行うクラッチである。動力の断続を電磁力で操作する場合は電磁クラッチとも呼ばれる。
- 遠心クラッチ
- 遠心力によって摩擦板が押し付けられる摩擦板クラッチの一種である。入力軸の回転の上昇に伴い伝達トルクも大きくなるので制御が不要である。また入力軸が低速回転の時には出力軸からの回転が伝達されないため一方向クラッチともいえる。
- 粉体クラッチ
- 入力軸側には磁性粉体を封入した容器が取り付けられ、出力軸側はその容器の中で回転可能な円盤に接続されている。容器中の磁性粉体に磁力を作用させるとその磁力に応じて伝達トルクが発生する。このため起動が滑らかでトルク調整が容易である。
- 咬み合いクラッチ
- 互いに咬み合うようになっているつめを咬み合わせたり離したりすることで断続的に動力を伝えるクラッチを咬み合いクラッチ、またはドッグクラッチ(Dog Clutch)と呼ぶ。日本では「ドグ」クラッチとも呼ばれている。すべりを生じないため伝達効率は最も良いが単体で用いる場合には軸の回転を停止しなければ動力の断続はできない。
- 一方向クラッチ
- 原動機を停止したときに空走させる、二つの原動機を使い分ける、揺動回転を一方向への断続回転にするなどの用途に用いられ、ワンウェイクラッチとも呼ばれる。外輪と内輪の間に軸方向に細長い多数のカムを配置し、正回転時はばねによって起こされたカムが外輪と内輪の間で突っ張って動力を伝達し、逆回転時にはカムが倒れて低トルクでの空転が可能となる。
- 流体クラッチ
- 駆動側の羽根(インペラ)などによって流体(オイルなど)を移動あるいは加圧させ、移動してきた流体の圧力で被駆動側の羽根(ランナ)などを回転させることで動力を伝えるような、流体を介して動力を伝えるクラッチを流体クラッチと呼び、扇風機と風車を向かい合わせたような状態で動力を伝える。