源明子
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源明子(みなもと の あきこ/あきらけいこ/めいし)は、平安時代にいた人物。
[編集] 源明子(源高明女)
源 明子(応和4年(964年)? - 永承4年7月22日(1049年8月23日))は、左大臣源高明の娘。母は藤原師輔女の愛宮。同母弟に経房。
安和の変による父の失脚後、叔父盛明親王の養女となる。親王の没後は東三条院の庇護を受け、藤原道長と結婚して高松殿と呼ばれた。子女は頼宗、顕信、能信、寛子(小一条院女御)、尊子(源師房室)、長家。
[編集] 源明子(源信明女)
源 明子(生没年未詳)は、源信明の娘。母は典侍紀頼子。源典侍と呼ばれた。紫式部の義姉(夫藤原宣孝の兄説孝の妻)で、『源氏物語』に登場する源典侍のモデルとの説あり。