折田先生像
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折田先生像(おりたせんせいぞう)は、京都大学に設置されていた銅像である。京都大学の前身の一つである第三高等学校の初代校長を務めた折田彦市(おりた ひこいち)の業績を讃えるために製作された。しかしその後、派手な落書き(オブジェ化)が相続き、有名になった。
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[編集] 銅像への落書き
遅くとも1986年には顔を赤くスプレーされ、台座に「怒る人」と落書きされた、その後の姿に比べれば比較的シンプルなバージョンが存在しており、一部で「京大の『怒る人』」として知られていたと言われる。これは比較的長い期間放置されていたが、その後、何者かが赤い顔を青に塗り替え、台座に「怒らないで」と上書きした。これを機に、一連の落書きの連鎖が始まることになる。
最初のいくつかのバージョンの製作には、大学内のある音楽サークルとあるアウトドアサークルとが関与していたことが分かっている。 「怒らないで」の次に、彼らが行った落書きは「歌舞伎の隈取」の意匠であった。これはすぐさま大学側によって消された。その後、合成樹脂による両手をとりつけた「れーにん」、巨大な被せ物による「モアイ」など、初期の何種かのバージョンが同じ製作者グループによって製作された。彼らは「モアイ」を最後に撤退し、特に他の製作者グループとの接触や引継ぎはなかったとのことである。
その後も折田先生像への落書きは一種の文化のように継承され、回を追うごとにエスカレートしていき、一部では銅像アートと呼ばれるさまざまな作品を残した。
- 赤と黄色に彩られ、頭にカップを乗せたヤキソバンバージョン
- 肩に自転車を掛け、「私も入ってます!!」と張り紙のされたサイクリング部勧誘バージョン
- 女性用下着を顔につけ、「フォオオオ」と書き込まれた変態仮面バージョン
- 全体にダンボールによって作られたモアイ像を被されたモアイバージョン
折田彦市先生は、第三高等学校の校長として京大の創設に尽力し、京大に自由の学風を築くために多大な功績を残した人です。 どうかこの像を汚さないで下さい。 |
総合人間学部 |
これに対し、1994年から大学は一旦銅像を清掃し、横に右記のような立て看板を立てて学生に落書きをやめるよう要請した。
しかしこの立て看板に対抗して、「この像を汚さないで」と胴像に早速落書きされた。以後もアンナミラーズのウェイトレスバージョン、ウルトラマンゼアスバージョン、「お父様、お母様、今まで育ててくれてありがとう。今日、私…お嫁に行きます」と張り紙のされた花嫁バージョンなど衣装や被り物が数多く制作された。
こうした落書きを受けて、1997年3月、構内整備を機に折田先生像は撤去され、大学の施設内に保管された。
[編集] 銅像撤去後
しかしすぐに『北斗の拳』のラオウを模した漢の生き様バージョンが像、台座、および横の立て看板ごと新たに作成され設置された。その他にも力石徹バージョン、勇者王ガオガイガーバージョン、さらには快傑ズバット像など、さまざまな新企画が示された。
その後、場所を総合人間学部図書館前に移し、王蟲を連れたナウシカを模した風の谷のナウシカバージョン、M16のモデルガンを構えたゴルゴ13バージョンなどが製作された。像だけでなく、横の「落書きしないように」との看板もキャラクターに合わせ文言を変えて再現するのが先生像撤去後の特徴の一つである。
それも2003年7月頃に撤去されていたが、2004年2月の入試期間前後にひょっこりひょうたん島のサンデー先生バージョンが作られ、復活した。そして、同年7月には再び撤去された。2005年2月下旬には場所を吉田南構内正門付近に移し、新たにDr.スランプのキャラクターを模したスッパマンバージョンが出現したが同年5月下旬に撤去された。
この一連の騒動は週刊誌などで報道された。
後述する折田大仏の出現と破壊後の2006年2月下旬、ちびまる子ちゃんのキャラクターを模した永沢くんバージョンが出現し、同年3月25日に撤去された。
2007年2月下旬、不二家のマスコットキャラクターを模したポコちゃんバージョンが出現したが、同年3月19日未明に何者かにより破壊され翌日に撤去。その後は大学側で保管されている[1]。
2008年2月下旬、アンパンマンの登場キャラクターを模したてんどんまんバージョンが出現した。
また、看板の裏側にアイドルの写真が貼られているのも慣例となっている。
[編集] 折田大仏
折田大仏と題された像が2006年2月中旬に設置されたが、後日何者かに大仏は破壊され、「学内ニート」「修業するぞ」「不邪淫」と書かれた紙と鳥居のミニチュアが置かれていた。大仏は肩から上が水平に切断されていた。後に吉田寮の敷地内で肩から上が見つかるが、それも顔の途中で水平に切断されており、頭頂部は発見されなかった。
[編集] 評価
上記のような一連の事件に対しては、幼稚な行為であるという声、器物損壊罪、著作権侵害行為、また、漢の生き様バージョン以降は大学敷地の不法占拠に該当するのではないかという指摘もあるが、「京大の自由の学風を象徴している」「アートの領域に高められている」という意見も見られる。
折田先生像以外の像が無被害だったわけではなく、1970年代の学生運動中に歴代総長の像がペンキで汚される被害にあっている。以降も散発的に構内の像が汚されている(例えば2001年の前期入試期間には、荒木前総長像の台座に青ペンキでプッチモニと殴り書きがされていた)。しかし、継続的に落書きされ、「名物化」したのは折田先生像だけである。
[編集] 大学当局の対応
2008年に登場したてんどんまんバージョンに対しては、京都大学高等教育研究開発推進機構が大学ホームページを通して公式声明を発表した[2]。例年置かれる像の出来映えを賞賛し、折田先生像を「吉田南構内の風物詩の一つ」として事実上黙認するかまえを見せた。また、いつも何者かに折田先生像が破壊される事実に対しては「創作物を壊すという行為は、最も悪質で下劣で野蛮な行為」と厳しく断じた。一方で「アンパンマン」シリーズの著作権を保有する企業から問い合わせがあり、撤去要求はなかったが著作物のイメージを損ねないよう要請があったことを明かした。これを受けて機構は制作者が自主的に像を撤去することを呼びかけ、それがかなわぬときは誰の目にも劣化したことが明らかになった際に機構が撤去するとした。