出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
尚 真王(しょう しんおう、1465年(成化元年) - 1526年(嘉靖5年12月11日))は、琉球王国第二尚氏王朝の第3代国王(在位1477年(成化13年) - 1526年(嘉靖5年))。第9代琉球国王。
琉球王国第二尚氏王朝初代国王尚円王の子。1500年のオヤケアカハチの乱を平定して八重山諸島を、さらに1522年には与那国島を征服した。50年にわたって王位にあり、琉球王朝の最盛期を現出した。地方の按司(豪族)らを首里に集居せしめて中央集権化を図るとともに、叛乱を防ぐ為に琉球版刀狩りなどを実施した。
- 正使:董旻(兵科給事中)
- 副使:張祥(行人司右司副)
[編集] 家族表
- 夫人
- 思戸金按司加那志(号は華后、父は謝氏二世知名親雲上成良、崎山村仲里家の祖)
- 銘刈村銘刈子の娘
- 子女
- 長男:尚維衡、浦添王子朝満(小禄御殿一世、母は妃)
- 次男:尚朝栄、大里王子
- 三男:尚韶威、今帰仁王子朝典(具志川御殿一世)
- 四男:尚龍徳、越来王子朝福(嘉味田殿内一世、妻は佐司笠)
- 五男:尚清、中城王子(母は華后)
- 六男:尚享仁、金武王子
- 七男:尚源道・豊見城王子
-
- 長女:佐司笠按司加那志(高級祝女(佐司笠)。童名真鍋樽、母は銘刈子の娘、見里王子朝易の室)
[編集] 外部リンク