ミハイル・ショーロホフ
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ミハイル・アレクサンドロヴィチ・ショーロホフ(Михаил Александрович Шолохов, 1905年5月24日 (当時ロシアで用いられていたユリウス暦では5月11日)- 1984年2月21日)はロシアの小説家である。トルストイにつながるロシア文学の伝統を受け継ぎ、ソビエト文学を代表する作家としての地位を占めている。
南ロシア・ドン地方のドン川河畔のコサックの村、ビョーシェンスカヤの商人の家庭に生れ、15世紀から自治と自由を守り続けたコサック社会に、強い影響を受ける。中学に在学中、ロシア革命が起こり、赤衛軍に加わり、革命委員会の食糧調達係としてドン地方を転戦。その体験を文学作品として表現するために作家になろうと決意。モスクワに出て、石工や人夫などになって働くかたわら文学の勉強をし、1924年『ほくろ』で文壇にデビュー。その後、短編集『ドン物語』と『るり色の曠野』を刊行し、作家としての地位を確立。
1925年、帰郷後はほとんどドンの地を離れずに創作活動を続け、ロシア革命前後を背景にコサック社会の移り変わりを雄大なスケールで描いた代表作の4部大長編『静かなドン』の執筆に専念(1925年~1940年)。描写が中立的なため、発表当時にソ連内で政治的曖昧さを指摘されたが、スターリン賞を受賞。世界的な名声を獲得した。同作はソビエト文学の最高傑作のひとつといわれる。また、この長編と並行して、農業集団化政策の実行過程で、さまざまな矛盾と困難をはらみつつ進行する1930年代の農村の改造を主題とした長編『開かれた処女地』を書き、第1部を1932年に発表、第二次世界大戦中の中断を経て第2部は1960年に完結。ほかに長編『彼ら祖国のために戦えり』(未完)、戦争によって何もかも失った兵士の人生を描いた短編『人間の運命』や『子馬』などがある。
第二次世界大戦中は従軍作家として前線に行き、プラウダ紙などに多数のルポルタージュを発表していた。さらにナチスの残虐さを描いた短編『憎しみの科学』を発表する。1937年に最高会議代議員に選ばれ、1939年からソ連科学アカデミー会員。1941年には第1回スターリン賞(文学部門)を受け、1965年にはノーベル文学賞を受けた。
[編集] 邦訳
- 静かなるドン 外村史郎訳 鉄塔書院, 1931
- ひらかれた処女地 上田進訳 ナウカ社, 1933-34
- 静かなドン 上田進訳 ナウカ社, 1935
- 開かれた処女地 米川正夫訳 三笠書房、1935 のち角川文庫
- 静かなるドン 樹下節,江川卓訳 角川文庫 1955-58
- 静かなドン 横田瑞穂訳 河出文庫, 1956 のち岩波文庫
- 開かれた処女地 樹下節訳 青木書店 1956
- 祖国のために 昇曙夢訳 角川文庫, 1956
- 静かなドン 原久一郎,原卓也訳 新潮文庫 1956
- ひらかれた処女地 横田瑞穂訳 岩波文庫 1957
- 人間の運命 米川正夫,漆原隆子訳 角川文庫 1960
- 開かれた処女地 原卓也訳 新潮文庫 1960
- でしゃばりっ子 宮川やすえ訳 旺文社 1970
- ひらかれた処女地 井上満訳 筑摩書房 1978
- ショーロホフ短編集 小野理子訳 光和堂 1981
[編集] 外部リンク
- nobel-winners.com's article on Michail Sholokhov
- Mikhail Sholokhov - Internet Movie Database(英語)
- On-line Sholokhov texts (Russian)
- Politicians Praise Soviet-Era Writer Mikhail Sholokhov’s Contribution to World Literature
- Sholokhov Moscow State University for Humanities
- Stremya Tihogo Dona: Solzhenitsyn's accusations of plagiarism
- And Quiet Does not Flow the Don: Statistical Analysis of a Quarrel between Nobel Laureates
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