量子もつれ
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量子もつれ(りょうしもつれ、Quantum entanglement)とは、複合系がそれを構成する個々の部分系の量子状態の積として表せないような状態にあるときに、非局所的な相関が現れる現象のことをいう。このときの複合系の状態をエンタングル状態という。量子もつれは、量子絡み合い(りょうしからみあい)、量子エンタングルメントまたは単にエンタングルメントとも呼ばれる。
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[編集] エンタングル状態の定義
[編集] 純粋状態のエンタングル状態
部分系Aと部分系Bから構成される複合系を考える。部分系Aの純粋状態を、部分系Bの純粋状態をと表すことにする。どのような、を用いても複合系の純粋状態を
の形で表すことができないとき、はエンタングル状態であるという。
[編集] 混合状態のエンタングル状態
純粋状態の場合と同様に、部分系Aと部分系Bから構成される複合系を考える。A、Bの混合状態を密度行列 ρA、ρBで表すことにする。複合系の混合状態ρが、
の形で表すことができないとき、混合状態ρはエンタングル状態であるという。
[編集] エンタングル状態の非局所相関
説明のため、スピン1/2をもつ2つの粒子A、Bから成る系を考える。粒子A、Bはある時刻t0からt1に相互作用し、時刻t1に系全体の状態が
になったとする。ただし、、はスピンのz成分szの固有値1/2、-1/2に属する固有ベクトルである。時刻t1以降は2つの粒子が離れていって相互作用がなくなり、系のハミルトニアンが粒子AのハミルトニアンHAと粒子BのハミルトニアンHBとの和で表されるとする。とが個々の粒子のハミルトニアンの固有ベクトルであるとすれば、時刻t1以降の系全体の状態はのままである。
は、エンタングル状態であることが容易に証明できる。すなわち、時刻t1以降の系全体の状態は、粒子Aの状態と粒子Bの状態とのテンソル積として表すことができない。
t1 < t2となる時刻t2に、粒子Aのスピンのz成分を測定するとしよう。量子力学が教えるところによれば、測定結果として1/2と-1/2がそれぞれ確率1/2で得られる。そして、測定結果が1/2であれば系の状態はに収縮し、測定結果が-1/2であれば系の状態はに収縮する。したがって、粒子Aに対する測定を行う以前には粒子Bのスピンz成分は不確定であるが、粒子Aのスピンz成分を測定したとき、同時に、離れた位置にある[1]、粒子Bのスピンz成分は100%の確率で粒子Aの測定結果と逆向きの値になることがわかるのである。
粒子A、Bは時刻t_2には離れた場所にあるのだから、粒子Aに対する測定が瞬時に粒子Bの測定結果に影響を与えるということを、2粒子間の相互作用に帰することはできない。むしろこの結果は状態が持つ性質として理解されるべきである。このような、エンタングル状態が持つ非局所的な相関という性質が、すなわち量子もつれである。
[編集] 量子もつれの応用
量子もつれを利用すると、様々な量子情報的なタスクを行うことができる。代表的な例が、量子テレポーテーション、スーパーデンス・コーディングである。
量子テレポーテーションは、量子もつれと(2ビットの)古典情報の通信を用いて離れた場所に(1量子ビットの)量子状態を転送するタスクである。
逆に、スーパーデンス・コーディングは、量子もつれと1量子ビットの通信を用いて2ビットの古典情報を離れた場所に転送するタスクである。
[編集] 脚注
- ^ 「同時に」という概念は、特殊相対性理論では曖昧になる。異なる慣性系では「同時性」という概念は成立しないからだ。ある観察者 a にとって事象 E1 と事象 E2 が同時に起こったとしても、異なる慣性系にいる観察者 b にとっては同時ではないのである。しかしながら、特殊相対性理論においても、二つの時空点の間が空間的に離れているか時間的に離れているかという概念は異なる慣性系から見ても変わらない。前者では直接の因果関係はありえず、後者では因果関係がありうる。よって、ここでは「同時に離れた」と書くのではなく、「空間的に離れた位置にある」と書いておけば特殊相対論の枠内でも問題がないが、簡便のため本文では「同時」という表現をつかった。