補償光学
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補償光学(ほしょうこうがく、英:Adaptive Optics)とは、宇宙から地球を撮影したり、地球から宇宙を撮影するときに問題となる大気の揺らぎを光電子的に解決するために開発された光学技術のこと。波面補償光学とも言う。
宇宙望遠鏡に頼ることなく望遠鏡の回折限界までの高精度な観測が可能になるため、惑星や小惑星などの観測に用いられて衛星の発見など新たな発見がもたらされた。
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[編集] 概要
補償光学は、大気の揺らぎ等によって生じる星像の乱れ[1]を、波面センサーで捉えて、電子制御回路を経て、可変形鏡を変形させることによって、対象となる天体や物体の像を正確に捉えるための技術である。電子工学的には、PLL(フェーズ・ロック・ループ)と同じ原理に基づくものであり、天文科学分野では32素子の波面センサーと可変形鏡を用いたリアルタイム・補償光学が実用化されている。現在では主に赤外線による観測で用いられている。
[編集] 全体の技術的説明
補償光学は、位相補償と位相制御計算機からなる技術の複合体である。
位相補償は、波面センサーと可変形鏡からなり、それを制御する位相制御計算機からなる。波面センサーは、シャックハルトマンセンサーと曲率センサーが代表的なものである。シャックハルトマンセンサーは、細かなレンズアレイによって、像のずれを測定するものであり、最も一般的に活用されている方式である。曲率センサーは、センサー本体の移動によって、光強度変化を捉えて波動干渉による波面の状態を捉えるものである。
さて、これらのセンサーが捉えた情報を元に位相制御計算機によって、可変形鏡を制御するための制御信号ベクトル(電圧)を作り出す。基本的には、隣接するセンサー群のマトリックス(行列)演算によるものであり、さほど高度な技術は必要とされない。
位相制御計算機から出力された、制御信号ベクトルによって、可変形鏡を変形させるためのアクチュエーター[2]へと電気信号が送られる。このアクチュエーターの微小な運動によって可変形鏡が変形し、光路に導かれた星像の位相補償が行われるのである。
[編集] これ以外の補償光学
以下は、能動光学(Active Optics)である。しかしながら、基本的には補償光学技術である。なぜならば、その目的は、観測装置の回折限界を目指して開発された技術であることに変わりはないからである。
- ケック望遠鏡の分割ミラーを一点の焦点にあわせるための光学技術も補償光学である。
- すばる望遠鏡の主鏡が重力によって変形するため、それを放物面に保つための光学技術も補償光学である。
- 野辺山宇宙電波観測所の45mミリ波望遠鏡の主鏡が重力によって変形するため、それを放物面に保つためのホモロガス変形法も補償光学である。
- 反射式天体望遠鏡の主鏡を支持するための、多点支持装置も、これまた狭義の補償光学である。
これらの基本は、静的サポート(Static Support)と能動サポート(Active Support)に区分されるが、具体的に上の例を分類すれば、ケック望遠鏡とすばる望遠鏡の場合には、能動サポートによる補償光学技術によって、主鏡面の精度を保ち、回折限界を目指した設計が行われている。理由としては、大口径の主鏡ともなれば、その重量によって、主鏡の位置によっては放物面が維持されず、主焦点における各波長の光が分散してしまうことによる。野辺山宇宙電波観測所の45mミリ波望遠鏡および、反射式望遠鏡の主鏡を支持するための多点支持装置は、静的サポートに分類される。ただし、45mミリ波望遠鏡の場合には、重力による主鏡の変形を積極的に活用することによって、主鏡面と副鏡面との間で焦点が保たれる工夫がなされている。
能動サポートを利用している望遠鏡は、波長があまりにも短いため、主鏡のほんの僅かな歪みが、その性能に著しく影響を与える場合に活用されていると言える。それに対して、静的サポートの場合には、ある程度の許容できる範囲、もしくは重量物を支えることによって、鏡面のメンテナンスや自然の力を利用した支持装置であると言えるのである。
当初はアメリカが他国の軍事用の偵察衛星の形状観測のために開発し、1989年2月に完成した。開発に携わった学者たちの働きかけにより、1991年5月のアメリカ天文学会で初めて一般に公開され、広く用いられるようになった。
[編集] 参考文献
- 日本天文学会(編), シリーズ「現代の天文学」第15巻 -宇宙の観測Ⅰ -光・赤外天文学 第7章, 日本評論社, 2007.7