石井次郎
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石井 次郎(いしい じろう、1868年(明治元年)- 1939年(昭和14年))は、日本の政治家、衆議院議員。
[編集] 来歴・人物
佐賀県多久市に生まれる。地元で小学校の教師として働き始めるが、郷里の先輩である大隈重信らの活躍に憧れて、政治家を志す。1888年(明治20年)には、弱冠20歳にして郡会議員に選ばれ、政治家としての第一歩を踏み出す。10年後には佐賀県会議員に当選し、その期間、第17代県会議長もつとめた。県会議員時代から同僚議員や県民たちからの人望が厚く、周囲に推される形で衆議院議員選挙に立候補し、当選。1928年(昭和3年)から6年間あまり、衆議院議員として活躍した。
晩年は郷里に帰り、佐賀県農業会長、佐賀県町村会長、佐賀勧業銀行顧問等を歴任し、郷里の発展に尽くした。性格は、物静かな一方で、意志が固く、常に筋の通った物言いであった。博識で品格を備え、衆議院議員を辞職するときも、「老いては後身に道を譲るべきである」、「民権政治家は世襲すべきではない」と言って潔く去っていったという。