矢原堰
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矢原堰(やばらせぎ)は、安曇野を流れる灌漑用に作られた用水路(堰)である。この堰は、犀川(安曇野市豊科高家熊倉北部)から取水し、北流し、安曇野市穂高の穂高神社付近にて東に向かって流れる。主に矢原・白金・等々力・穂高町・等々力町の水田地域を灌漑している。
安曇野を流れる横堰で最初に開削された堰である。
[編集] 歴史
- 1654(承応3)年:矢原村の名主・臼井弥三郎が矢原堰を開削。
- 1988(昭和63)年:豊科インターチェンジができたため、堰筋が一部変更となる。
[編集] 特徴
- 矢原堰は、標高545mの等高線に沿って流れる横堰である。
- 開発当時は、弥三郎堰と呼ばれていた。
- 万水川を橋で渡る。