時間の遅れ
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時間の遅れ(じかんのおくれ、time dilation)は、物理学の相対性理論が予言する現象で、運動している状態によって時計(時間座標)の進み方が異なることを指す。特殊相対性理論では、ある速度で動いている観測者の時計の進み方は、それより遅い速度か静止している観測者の時計よりも進み方が遅くなることが予言され、実験的に確認されている。一般相対性理論では、強い重力場にいる観測者は、それより弱い重力場にいる観測者よりも時計の進み方が遅い。いずれも静止している観測者や重力源から無限遠方の観測者を基準とするので、時計の進み方が「遅い」と表現される。
[編集] 特殊相対性理論における時間の遅れ
特殊相対性理論では、物体が高速で移動するほど、その系における時間の流れが遅くなる。速度の上限は光速なので、光速に近い速さで運動する物体はほとんど時間の進みがないことになる。静止している観測者の時間の刻み幅をΔt とすると、運動体の時間の刻み Δt' は、光速を、運動体の速さを として、
となる。これは、時間と空間を合わせて座標変換をしないと、電磁気学の法則に現れる光速 c の意味が説明できない、という理論的な要請から導かれたローレンツ変換による帰結である。 この事実は、宇宙から飛来する素粒子(宇宙線)の寿命が地上のものより長いことなどから確認されており、現代の素粒子論や場の理論は、特殊相対性理論を基礎に構築されている。
例えば、宇宙船が光速の90%の速度で航行しているとしよう。簡単のため加速・減速は考えず、ずっと等速直線運動であるとする。静止している観測者が1年間を測定する時間は、宇宙船の中では上式より となり、宇宙船の時計の刻み幅は静止系の約2.3倍である。つまり宇宙船内の時計では、まだ0.44年しか経過していない。この現象を利用すると、光速に近い宇宙船で宇宙を駆けめぐり、何年か後、出発地点に戻ってきたような場合、出発地点にいた人は年を取り、宇宙船にいた人は年を取らないという現象が生じる。未来に行くタイムマシンになる。(宇宙船から静止系を見ると、静止系は相対的に運動していることになるが、時間の遅れが生じるのは宇宙船側である。詳しくは双子のパラドックスの項を参照のこと。)
この状態が、日本のお伽噺である『浦島太郎』において、主人公の浦島太郎が竜宮城に行って過ごした数日間に、地上では何百年という時間が過ぎていたという話にそっくりであるため、ウラシマ効果と呼ばれている(SF同人誌「宇宙塵」主宰者の柴野拓美が命名者と言われる)。
なお、この現象は何も光速に近い速度でなくとも発生する。現に航空機に載せた原子時計の進みがごく僅かに遅れる事が実験によって確認されている。ただし宇宙船や人工衛星の場合は、後述の重力場の有無による影響も生じる。
[編集] SF作品におけるウラシマ効果
注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
SFでは、ポピュラーな素材である。ジョー・ホールドマン「終りなき戦い」では、ある一兵卒が1000年以上続いた星間戦争の開戦から終戦までを経験し、ポール・アンダースン「タウ・ゼロ」では、エンジン制御に支障をきたし無限に加速する宇宙船でこの宇宙の終焉を目にする、といったように、多くの作品のテーマにかかわるガジェットとなっている。
「ドラえもん」では、浦島太郎自身が実は海でなく宇宙に連れて行かれてウラシマ効果を体験したのではないかと考えたのび太達が、タイムマシンでその真偽を確かめに行くエピソードが登場する。
「新世紀エヴァンゲリオン」で一世を風靡した庵野秀明の監督デビュー作「トップをねらえ!」でも巧みにストーリーに取り入れられて、周囲の人々の成長から取り残されてしまう主人公の悲哀が描かれている。なお、本作の企画・脚本を手がけた岡田斗司夫は、このモチーフは上記の「終わりなき戦い」から着想したと証言している(2008年3月放映の「BSアニメ夜話」での発言)。
「ウルトラマンメビウス」では登場人物の一人がかつて亜光速宇宙船の任務に携わっていたために、30代前後の若さでありながら老人となった同僚と同年代であるという設定がなされている。
「成恵の世界」ではヒロインの異母姉が父親に会いたくて高速航行の宇宙船で地球にやってくる際、宇宙船の瞬間移動に使う「星門」を通り抜けない貨物船に密航してしまったためにウラシマ効果の影響で年齢が逆転、ヒロインより年下となってしまった。
科学的に立証された物理現象であるが、現状では人間の生活に影響が出るほどの高速は出しえない。このギャップがこのガジェットの魅力であろう。
[編集] 一般相対性理論における時間の遅れ
一般相対性理論においては、重力は空間(時空)を歪ませ、時間の進みを遅らせる。このため重力場の存在する惑星上では、重力の無い宇宙空間に比べて時間がゆっくり進む事になる(地球上で1年当たり10億分の3秒)。
例えば全地球測位システム(グローバル・ポジショニング・システム、GPS)では、地球上の正確な位置を測定するために、GPS衛星の周回運動による時間の遅れと重力場の有無によるシグナル到達の時間の遅れを考慮する必要がある。地球上の測定器が受信する信号が正確に処理されるように、衛星側の内蔵時計は毎秒10億分の4.45秒だけ遅く進むように補正が行われている。