徴兵令
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徴兵令(ちょうへいれい)(太政官布告無号)は1873年(明治6年)に制定され、国民の兵役義務を定めた日本の法令。1927年、兵役法に移行した。
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[編集] 前史
明治新政府の軍は、長州(長)・薩摩(薩)・土佐(土)など諸藩の軍の集合で、大村益次郎、西郷隆盛、板垣退助らがそれぞれ指揮しており、政府独自の軍を持たなかった。大村や西郷従道、山県有朋(論主一賦兵[1])らは早くから四民平等の理念もあり「国民皆兵」の必要性を唱えていたが、政府内にも島津久光を筆頭に前原一誠・桐野利秋ら保守的な反対論者を多数抱えており、また西郷隆盛も「壮兵」といって、中下層士族の立場を考慮した志願兵制度を構想していて徴兵制には消極的であった。そのうち、大村が暗殺された事もあって構想は一旦は挫折する事となった。
明治3年11月13日(新暦:1871年1月3日)に山県有朋の構想のもと、徴兵規則(ちょうへいきそく)が制定され、各府藩県より士族・卒・庶人にかかわらず1万石につき5人を徴兵することを定めた。続いて翌明治4年2月13日(新暦:1871年4月2日)には、西郷の構想の一部をも取り込む形で三藩(薩摩・長州・土佐)の軍が親兵として編成され、この兵力を背景に同年7月廃藩置県が断行された。
続いて、中央集権体制の近代国家にとって国民軍の創出が必要と認識され、西郷隆盛も最終的には山県の考え方を支持して、山城屋事件で山県が辞職に追い込まれた後も、西郷は桐野利秋らの反対論を退けた。明治5年11月28日(新暦:1872年12月28日)に徴兵告諭が出され、翌明治6年(1873年)1月10日(新暦)に徴兵令が施行。以後、毎年徴兵による新兵の入営日となった。
なお、全国的な徴兵制を敷くことを可能にした前提条件として、明治4年制定の戸籍法に基づいて翌明治5年壬申に壬申戸籍が編製されたことが挙げられる。
[編集] 徴兵令
徴兵令では、満20歳の男子から抽選で3年の兵役(常備軍)とすることを定め、常備軍終了後は後備軍とした。
国民皆兵を理念とはしたが、体格が基準に達しない者[2]や病気の者などは除かれ、また制度の当初、「一家の主人たる者」や「家のあとを継ぐ者」、「嗣子並に承祖の孫」(承継者)、「代人料(270円)を支払った者」[3]、「官省府県の役人、兵学寮生徒、官立学校生徒」、「養家に住む養子」は徴兵免除とされた。このため、徴兵逃れに養子になる等の徴兵忌避者が続出し、徴兵免除の解説書まで出版されたりもした[4]。この結果、二十歳以上の男子の3%~4%くらいしか徴兵できなかった(もともと政府の財政難により、成人男子全員を徴兵することは到底無理ではあった)。
さらに各地で徴兵令反対の一揆が起こった。徴兵告諭に「血税」という言葉があったためとされ、「血税一揆」と呼ばれた。この一揆、特に岡山県で激しかった。「血税」とは、フランス語の「impôt du sang」の直訳であり、「impôt」が「税」、「sang」が「血」の意である。
- 「徴兵告諭」の一節:「人たるもの固(もと)より心力を尽し国に報ひざるべからず。西人(西洋人)之を称して血税と云ふ。其生血を以て国に報するの謂なり」
当初は民の抵抗の多かった徴兵制度も、軍人勅諭や教育勅語による国防思想の普及、日清戦争・日露戦争の勝利などを経て、次第に兵役を名誉なことだと考える風潮が高まっていった。創設当初にあった徴兵免除の規定も徐々に縮小・廃止され、1889年に大改正が行われ、ほぼ国民皆兵制となった(ただし、中等学校以上の卒業後に志願したものは現役期間を1年としたり、師範学校を出て教員になったものは現役6週間とするなどの特例があった)。
[編集] 影響
不況下においては兵役もまた生活の糧を得る手段として考えられた。また、兵役における近代的なシステムや生活が地方に伝播するのに貢献したと言う面も否めない。農民にとっては(暴力を振るわれても)農作業よりも楽であり、白米が食べられることから、明治時代には「軍隊に行くとなまけ者になる」という評判があったという。[要出典]
[編集] 参考文献
- 菊池邦作『徴兵忌避の研究』(立風書房、1977年)
- 松下芳男『増補版 徴兵令制定史』(五月書房、1981年)
- 大江志乃夫『徴兵制』(岩波新書、1981年)
- 吉田裕『徴兵制 その歴史とねらい』(学習の友社、1981年)
- 加藤陽子『徴兵制と近代日本 一八六八~一九四五』(吉川弘文館、1996年)
[編集] 脚注
- ^ 徴兵令 ( ちょうへいれい)-国民皆兵と壮丁教育
- ^ 身長の基準は5尺1寸(約154.5cm)以上であった。
- ^ 270円は当時の常備役歩兵1人の年間維持費(90円)の3年分に当たる額である。なお、この代人料制度は1883年に廃止。
- ^ 史料紹介『徴兵免役心得』