在日朝鮮民主青年同盟
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在日朝鮮民主青年同盟(ざいにちちょうせんみんしゅせいねんどうめい、재일조선민주청년동맹)は、在日朝鮮人によって1947年に結成された青年組織である。略称は「民青(みんせい、민청)」。
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[編集] 概要
終戦直後より在日朝鮮人は徒党を組んで、日本各地で不法行為[1]を起こしていた。自分達は「戦勝国民」であり、「敗戦国」「四等国」の日本国の法律を遵守する必要はないと嘯いた。
当初、朝鮮人に対する刑事裁判権が不明確であったため、警察は朝鮮人を取り締まることができなかった。そして朝鮮人自身が同胞を取り締まるという名目で「自治隊」と称する私設警察を組織した(これらの名称の他に「保安隊」や「自衛隊」や「警備隊」とも名乗っていた)。しかし、同胞の不法行為を取り締まるどころか、率先して不法行為を援護したり、不法監禁などを行う始末であった。
GHQ当局も、これらの行動を座視できず、1946年2月に覚書「刑事裁判権の行使に関する件」を発令し、在日朝鮮人は日本の刑事裁判権に服するように命じた。しかし、全く反省が見られなかったため、4月に「自治隊」の解散命令が出た。
在日本朝鮮人連盟(朝連)では、従来の「自治隊」に代わる新たな共産主義青年組織を設けることになり、1947年3月6日に「在日朝鮮民主青年同盟」が結成された。本部は、朝連が不法占拠した旧朝鮮総督府東京事務所に設けられた。
1949年9月8日、民青は朝連とともに団体等規正令によって解散させられた。
[編集] 参考文献
- 『在日朝鮮人運動(実務教養選書)』(篠崎平治 1955年)
- 『日本の中の三十八度線―民団・朝総連の歴史と現実―』(李瑜煥 1980年)
[編集] 脚注
- ^ 具体的な事件は下記参照