千葉県東方沖地震
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千葉県東方沖地震(ちばけんとうほうおきじしん)は、1987年(昭和62年)12月17日午前11時8分17秒、千葉県房総半島、九十九里浜付近を震源として発生した。
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[編集] 地震学的概要
震源は、千葉県房総半島の九十九里浜付近(北緯35度22.5分、東経140度29.6分、深さ58km)。M6.7。
[編集] 発生要因
関東地方南部の地殻構造は、表層の北米プレート(とされる)、相模湾からもぐりこむフィリピン海プレート、日本海溝からもぐりこむ太平洋プレートの3層からなる複雑なものであるが、この地震は、2層目のフィリピン海プレートの内部で断層運動が発生したスラブ内地震であった。 震源の千葉県東方沖は、周期的な群発地震の発生源としても知られ、“地震の巣”でもある。
[編集] 被害状況
千葉県の広範囲で震度5を記録し、死者2名、負傷者161名、建物全壊10棟、半壊93棟、一部破損6万3692棟を出した。被害の中心は千葉県であった。関東地方に比較的大きな被害を齎し、また死者まで出した地震としては1923年(大正12年)の関東地震以来であり、その点でも当時、注目を集めた地震である。道路の陥没や傾斜地の崩壊、屋根瓦の崩落やブロック塀の倒壊などの住宅被害が、千葉県九十九里浜沿岸地域を中心に発生。また、九十九里浜沿岸や東京湾沿岸、利根川流域沿岸などでは液状化現象が発生し、被害を齎している。
当時は、各市町村に自動計測機器(計測震度計)が設置されていなかった為、最大震度5とされているが、震源地に近い市町村では、被害状況から、現在の震度階級で震度6弱以上の揺れを観測していたと思われる。
NHKニュースでの発表によると、千葉市と成田市に設置された東京ガスの震度計では震度7を記録したと報じられ、この日に千葉県文化会館で予定されていたTM NETWORKのライブが機材と舞台の破損で翌年2月に延期された逸話が有る。