セント・ルイス大聖堂
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セント・ルイス大聖堂 (Saint Louis Cathedral)は、アメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオーリンズ市内のフレンチ・クオーターに位置する聖堂。
通常、この聖堂はニューオーリンズのカトリック教会の中で最大のものとみなされることはないが、その存在はニューオーリンズの信仰および社交の場として重要な位置を占めており、またニューオーリンズのカソリック教会の教区本部となっている。アンドリュー・ジャクソン騎馬像のあるジャクソン広場の隣接し、ミシシッピ川に面しているこの大聖堂は、最も著名な市のシンボルの一つである。このため、ニューオーリンズに関連した政治演説や報道中継の際、この大聖堂はしばしば背景に利用されている。
[編集] 歴史
この場所には、これまでに3つのカトリック教会が建てられていた経緯があり、その歴史は初代の教会から数えると1718年まで遡る。このため、セント・ルイス大聖堂は北米一古い大聖堂の栄誉を得た。初期のものは、植民地が編成された始めの頃の木造建築であった。煉瓦と材木でできた大きな教会の建設は1725年に始まり、1727年に完成した。この教会は、1788年3月21日の聖金曜日に起こったニューオーリンズ大火で市内の多くの建物と同時に焼失した。
現在の教会の礎石は1789年に据えられ、1794年に完成した。
1793年にセント・ルイス教会は大聖堂に昇格した。
1819年、時計のある中央塔と鐘楼が付け加えられた。
建物は、1850年代に大規模な改修が施され今日の姿になった。この時、セント・パトリック教会が市の準大聖堂となった。
1909年4月25日、ダイナマイト製爆弾が大聖堂に仕掛けられ、窓が吹き飛び歩廊が損傷したが、この類いの犯罪にしては被害は比較的小規模であった。
大聖堂は、1915年のハリケーンでさらなる被害を受けた。その年のうちに基礎部分が傷み、1916年のイースターから翌1917年のイースターまで1年間閉鎖され、補修された。
大聖堂は、1964年にローマ教皇パウロ6世によって、2等バシリカとなった。1987年9月、ヨハネ・パウロ2世が大聖堂を訪問した。
[編集] ハリケーン・カトリーナ
ハリケーン・カトリーナは、市内の他の場所と比較すると、フレンチ・クオーターには大きな被害を与えなかったものの、大聖堂の後ろにあるセント・アントニー庭園の2本の大きなオークが強風でなぎ倒された。この風で装飾門が30フィートに渡って失われ、大理石製のキリスト像の手の人さし指と親指が失われた。
カトリーナは突然カテゴリー5の勢力からカテゴリー4になって弱まり、海岸部に肉薄する前に北へ進路を変えた。これを地元民たちは、指を犠牲にしたキリスト像のおかげで嵐が去り、市全体の被害を免れたと噂した。
[編集] 関連項目
- セント・ルイス大聖堂公式サイト (英語)