スズキ・GSX-R
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スズキ・GSX-R(ジーエスエックス-アール)とは、スズキが製造しているオートバイのシリーズ車種である。
1984年、4ストローク直列4気筒エンジンを搭載したGSX-R(排気量398cc)が発売され、以降はレーサーレプリカ車種として排気量別に数車種が生産された。なお現在は海外市場向けの大型自動二輪車(600cc、750cc、1000cc)が販売されている。
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[編集] GSX-R400
GSX-R400は1984年に最初のモデルが発売されたが、当初は排気量を表す400の数字は車名に付かず、'GSX-R'のみであった(後述)。スズキが先に発売したガンマと同じく、アルミ材をフレームの構造材に用いたことにより、152kgという当時としては驚異の乾燥重量を誇った。当時のスズキは馬力競争に積極的に参加しており、59馬力の最高出力は400ccクラス最大で、この値が後の400ccクラスの自主規制値となった。なお、250ccクラスでもガンマが最大となる45馬力の最高出力を出し、これが250ccクラスの自主規制値となった。この初期型GSX-Rの乾燥重量152kg・59馬力というカタログスペックは、2008年現在400ccクラス最高の数字である。
初期モデルに排気量を示す400がつかなかったのは「排気量を越えた性能」という意味合いから。1999年の生産終了までに、モデルチェンジと共に車名もGSX-R400→GSX-R400Rと変わっていった。
なお、同時期に販売されていた他社のレプリカ車と同様、モータースポーツ用のベース車輛としてSP(Sports Production)モデルも設定されていた。
1990年から販売されていたGK76型でのノーマル車とSPモデルの差異には、ギヤレシオのクロス化、リアサスペンションの別体式リザーバータンク(マイナーチェンジで、STDモデルにものちに採用)、キャブレターの変更、アッパーカウルのステッカーがあげられる。また、カラーリングについてはSTDが3色設定されたのに対し、SPモデルは青白のみであった。1991年以降はSP2なるモデルも設定されるが、これはSPモデルのギアレシオをSTDモデルと同一にしたものである。
なお、1990年式はL型、1991年式はM型、1992年式はN型と区分され、1999年のモデル廃止まで区別される。しかし、1993年のP型を最後にマイナーチェンジは行われず、カラーリング変更のみとなっている。
漫画『バリバリ伝説』中に、主人公らが鈴鹿4時間耐久レースで使用するバイクとして登場した。
[編集] GSX-R600
GSX-R600は1992年に登場したGSX-R750の海外輸出向け派生モデル(750のエンジンを600ccに排気量ダウン)であったが、その後600ccクラスのレースが行われるようになったこと、750の国内正規販売が終了したことなどにより、次第にメイン車種としての開発が行われ、2006年型からは600の派生モデルとして750が生産(600のエンジンを750に排気量アップ)されるまでになっている。その後600・750共にほぼ隔年でモデルチェンジを繰り返し、現在も海外向けに生産されている。
[編集] GSX-R750
詳細はスズキ・GSX-R750を参照
[編集] GSX-R1000
詳細はスズキ・GSX-R1000を参照
[編集] GSX-R1100
GSX-R1100は1986年に発売され、750と同じコンセプトの車体設計により、車重を197kgまで軽くすることに成功した。130馬力のパワーは当時のTT-F1マシンと同等とも謳われた。FZR1000・ZZR1100などのライバルに対抗するため、1988年にリアホイールの幅を拡大、1989年に排気量拡大、1991年にロッカーアームの変更をはじめとした改良がほぼ毎年のように加えられていたが、1993年には前年の750同様水冷エンジンを搭載することになった。155馬力エンジンは当時最強のパワーを誇ったが車重は230キロを超えるものとなってしまった。
その後は1995年に10キロ軽量化の改良をうけ、98年までカラーチェンジをしながら生産された。排気量や車格から言うのであればハヤブサが後継とも見て取れるが、ハヤブサはハイスピードツアラーであるためGSX-Rシリーズとの位置づけが異なる。
[編集] GSX-R250・GSX-R250R・GSX250Sコブラ
GSX-R250は、400(1984年)、750(1985年)、1100(1986年)と1年ごとに展開して来たGSX-Rシリーズの末弟として1987年3月に発売された。新たに開発された水冷4気筒DOHC4バルブエンジンは、SPECと呼ばれるヨシムラデュープレックスサイクロンのOEMエグゾーストパイプを採用し、当時の馬力自主規制値である最高出力45psを14500rpmで発生し、丸目二灯というGSX-R伝統のカウリング(ハーフカウル仕様も存在した)を纏い、スチール製のツインスパーフレームを採用していた。当時盛んであったSP-Fレースを念頭にクロスミッションを採用したGSX-R250SPも1988年に登場した。
1989年2月には、大径フロントディスク、アルミツインスパーフレーム、4連スリングショットキャブ(GSX-R250は2バレルキャブレター)、補強入りスイングアーム、前後ラジアルタイヤ(リアは18インチ)を採用したGSX-R250Rと呼ばれるモデルが登場し、GSX-R250と併売されるようになった。このGSX-R250RにもSP-Fレースを念頭に置いたGSX-R250RSP(シングルシートカウル、クロスミッション、調整式前後サスペンションを搭載)と呼ばれるモデルが存在した。
250ccクラスのレーサーレプリカモデルでは2ストローク車の人気が高かった事に加え、シリーズ中では比較的発売時期が遅く、いわゆるバイクブームの終焉とも重なり、GSX-R250、GSX-R250Rとも一度もフルモデルチェンジを受ける事無く販売が終了したが、GSX-R250のエンジンは後に発売となったアクロスの、GSX-R250Rのエンジンは後に発売となったバンディット250やカタナ250のベースエンジンとして、それぞれ利用された。
なお、GSX-R250Rの一部外装を取り外したコブラ(COBRA)というネイキッド車も廉価版の位置付けで1989年9月より販売されていた。
[編集] 関連項目
- スズキ・GSX1300Rハヤブサ - 高速ツアラーモデルであり、他のGSX-Rとは位置付けが異なる。