アンナ・マリア・モーツァルト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
クラシック音楽 |
---|
作曲家 |
ア-カ-サ-タ-ナ |
ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
音楽史 |
古代 - 中世 |
ルネサンス - バロック |
古典派 - ロマン派 |
近代 - 現代 |
楽器 |
鍵盤楽器 - 弦楽器 |
木管楽器 - 金管楽器 |
打楽器 - 声楽 |
一覧 |
作曲家 - 曲名 |
交響曲 - ピアノ協奏曲 |
ピアノソナタ |
ヴァイオリン協奏曲 |
ヴァイオリンソナタ |
弦楽四重奏曲 |
指揮者 - 演奏家 |
オーケストラ - 室内楽団 |
音楽理論/用語 |
音楽理論 - 演奏記号 |
演奏形態 |
器楽 - 声楽 |
宗教音楽 |
イベント |
音楽祭 |
メタ |
ポータル - プロジェクト |
カテゴリ |
アンナ・マリア・モーツァルト(Anna Maria Walburga Mozart, 1720年12月25日 — 1778年7月3日)は、レオポルト・モーツァルトの妻で、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの母親。旧姓ペルトル (Pertl)。国際的な名声のあるヴァイオリン教師と結婚し、大作曲家を息子に持った一方、彼女自身が楽才に恵まれていたか否かは定かでない。
ザルツブルク州ザンクトギルゲンの出身。1747年にレオポルトと結婚し、7人の子をもうけるが、そのうち5人までが乳児のうちに亡くなっている。生き延びた二人の子供、ナンネルルとヴォルフガングの姉弟は、幼くして楽才を発揮し、父親に連れられて子供時代からヨーロッパ各地で演奏旅行を行なった。
アンナ・マリアは、夫がザルツブルク大司教から外出許可を得られなかった場合を含めて、何度か息子の旅行に同行しており、息子のパリ遠征に同行中に、熱病を発して異国に客死した。