からし医者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
からし医者(からしいしゃ)は、上方落語の演目。もとは小噺だったのを、初代桂春團治が一席の噺に改作した。
[編集] あらすじ
注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
間の抜けた男が病気に罹り医者を教えてもらう。医者の赤壁周庵宅を訪れるが…
「ごめんを。ごめんを。」
「どおおれ。」と医者の書生。
男は「こおおれ。」とやり返す。
「何言うとるのじゃ。お前は。」
「へ。病人。」
「ケッタイナ病人じゃな。」
「あんた、ここの先生か。」
「わしゃ。ここの書生じゃ。」
「あはっ!ショセキットンかいな。」
「丁稚やがな。」
「なあ。ショッさん。」
「ショッさんとはどうじゃ。」
「先生。おたくにけつかるか。」
「ほおおら。ホゲタの達者な(口の悪い)お人じゃ。先生は在宿じゃ。」
「あは。拍子の悪い。どこの旅籠。」
「せやない。奥に居られる。」
「はあ。山の。」
「何言うとるのじゃ。家にいてなさる。」
「はあ、何してなはる。」
「奥で書面をしたためてなさる。」
「はあ、林病の加減でもわるいンか。小便を調べてなはるとは。」
「何を言うのじゃこれ。手紙書いてなさるのじゃ。」
「手紙書いてンのか。生意気な。」
「アホなこといいないな。」というようなやり取りの後、医者を診察をうけることになるが、これまたさっきの書生と同じやりとりになり、医者もほとほと手を焼く。ようやく、診察が終わるが。男はあちこち動き回って医者を困らせる。
「これこれ、じっとしてなされ。…いいえな、畳のへり毟りなはんな。…これ、猫の鬚ぬいたらあかん。」
「いやあ、かわいらしい猫。」
「ナンボかわいらしいかて、髭ぬかれたらどもならん。ネズミ獲らんよって。…これ、そのへんかき回しなはんな。どもならんな。…これこれ。それは風船やあらへん。ルーテッサック(コンドーム)や。これ。そんなん脹らましてどないする。(ポン!)あっ!割ってしまいよった。もうはよ去んでもらわなどんならん。」
「ええがな。一つくらい。」
「一つくらいかて。二つくらいかて。商売物じゃがな。」
やっとのことで、医者は処方箋を渡す。そこには「一合の水を二合に煎じて飲むこと」とある。流石に男も不審に思い
「もうし、先生。一合の水、二合に煎じて飲むてどないなことですねん。」と尋ねる。
「薬に山葵や辛子をどっさり入れるのじゃ。」
そんなアホなと、男が笑うと、「笑ろたら利かん。」
[編集] 春團治のギャグ
この噺も、全編ギャグの連続である。今日残された音源を聞いても十分笑わせられ、初代の類まれな才能がうかがわれる。
おおよそ三部に分かれる。
第一部・・・アホが甚兵衛はんに病気にかかった説明から、医者を紹介してもらう。
第二部・・・アホが医者のもと訪れる。書生とのやりとり。
第三部・・・アホと医者とのやりとり、サゲ。
それぞれ、ナンセンスな演出やクスグリが次々と登場する。それも、単に笑いをとるのではなく、技巧的な面が見られる。一例として第一部のアホと甚兵衛はんとのやりとりで、甚兵衛はんにどこの医者にかかったかと問われて、アホが、それまでかかった医者の説明する件では「天満の地車飛ばし一山老」(天神祭のダンジリにひっかけたネーミング)「唐物町の古皮巾着」(革勢の巾着に由来)「松島の黒煙五平太」(石炭のことを大阪弁で「ゴヘイダ」と言う)と奇抜なネーミングを連発してさんざん笑わせた後、最後に
「五平太はんは、どないいうてんねん。」
「お前はんの病気はもうちっと咳痰(石炭)がとれん。」
「嘘つけぇ。何じゃ医者に俄せられてんねん。」
と、機知に富んだギャグがでてダメ押しをする。などである。客は変な医者の名でさんざん笑わされたあと、とどめを刺されて笑いは加速化する。春團治はこの手の行き方をよく行い、富士正晴の証言では、「寄合酒」でこの手の笑いを取られた知人の学生が、笑いすぎて生理現象を引き起こし便所に駆け込んだとある。
また、男が服着るのが面倒と、裸の上にマントを纏うナンセンスな件があるが、これは春團治お気に入りのギャグのようで、「みかん屋」などの他の演目にも採用している。クスグリを他の噺に取り込むというやり方は、「つかみこみ」と呼ばれ、落語ではタブー視されているが、あえて行っているのは、春團治考案のものであったからかもしれない。しかしこのようなことを犯しているのが、いかにも「ゴリガン」「ヤタケタ」(いずれも乱暴なという意味)と呼ばれた春團治らしい。