神明 (足立区)
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神明(しんめい)は、東京都足立区東部の地名。住居表示は神明一丁目から神明三丁目まで存在する。郵便番号は〒121-0051。
隣接する地域は北は埼玉県八潮市垳、東は六木、南は花畑運河を挟んで辰沼および神明南、西は綾瀬川を挟んで南花畑。
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[編集] 地域
東京都足立区の北東部、周囲を垳川、綾瀬川、花畑運河、葛西用水路に囲まれた町が神明である。町域内に初等教育学校以上の教育機関がなく、域内学童は周囲を取り囲む川を越えて近隣の小中学校へと通っている。
[編集] 地名の由来
かつての神明は久左衛門新田と呼ばれていた。この地のお宮を「神明様」として祀っていたことから、足立区成立時に久左衛門新田には神明町の名が付けられ、後の住居表示の実施の時にも神明の名が踏襲された。
[編集] 施設
保育
- 足立区立神明町保育園
公園・児童遊園
- 神明北公園
- 神明東公園
- 神明水の森公園
- 神明六木遊歩道
- 神明二丁目児童遊園
- 神明二丁目第二児童遊園
[編集] 史跡
- 稲荷神社(神明一丁目)
- 稲荷神社(神明三丁目)
- 天祖神社(神明三丁目)
- 南蔵院(神明三丁目)
[編集] 歴史
久左衛門新田は寛永7年(1630年)に星野彦六という人物が辰沼新田とともに開墾した。当時は土合村と呼ばれていたのが、彦六の子である久左衛門の時代に久左衛門新田と呼ばれるようになった。元禄8年(1695年)の検地の時に久左衛門が願い出た時に久左衛門新田と改められたといわれるが、正保の頃(1644年~1648年)の記録には既に久左衛門新田と記載されている。
[編集] 年表
- 1889年5月1日 - 東京府南足立郡久左衛門新田が周辺の村と合併し、花畑村が誕生。花畑村大字久左衛門新田となる。
- 1932年10月1日 - 南足立郡が東京市足立区となる。久左衛門新田は神明町とされる。
- 1963年 - 神明町の一部が神明南町や辰沼町などの周辺町に編入される。
- 1973年11月1日 - 神明町の一部に住居表示が実施され、谷中四丁目に編入される。
- 1976年10月1日 - 神明町の一部に住居表示が実施され、谷中五丁目に編入される。
- 1978年4月1日 - 神明町・花畑町・六木町の一部に住居表示が実施され、神明一~三丁目が新設される。
- 同日 - 神明町の一部に住居表示が実施され、六木三・四丁目、北加平町に編入される。
千住地域 |
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綾瀬地域 |
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