地母神
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地母神 (じぼしん、ちぼしん)、母なる神 (ははなるかみ) は一般的な多産、肥沃、豊穣をもたらす神で、大地の豊かなる体現である。「大地の母」として描かれる。日本神話においては国土を産みだした イザナミがそれに相当するが、各国の前文明期の母権社会で形成された絶対的な地母神ではなく、男性であるイザナギと協力し国産み、神産みを成すが、火の神を生み落とす時に火傷を負い死亡してしまったとなっており、後の父権社会からみた母権社会への評価のような構造となっているのが変則的である。
クノッソスのヘビを祀るエレガントな女神の姿から始まり、岩を削ったキュベレーの像や、古典期までゼウスと共にドドナで拝まれたディオネ(「神」の女性形)の姿にいたると、古代の女神全てを母神のもとにくくるのは、いかにもあやふやで浅薄に見えることもある。考古学者は、資料を解釈する時この種の説を避ける傾向にあるし、時として行動主義的なフェミニズム(en:radical feminism)に毒されたもので、厳正な考古学とは呼びえないと批判することもある。
目次 |
[編集] 母権制と女神の歴史
母なる神は多くの社会において深く崇められてきた。ジェームズ・フレイザー(金枝篇の著者)や彼に影響された人々(ロバート・グレイヴズや マリヤ・ギンブタス)は論を進め、全ての欧州とエーゲ海沿岸地域の母神信仰は新石器時代に遡る、先インドヨーロッパの(Pre-Indo-European)母系社会を起源とするというところまで行った。父なる天を信仰する遊牧民が母なる大地を信仰する農耕民を力ずくで征服したとする説である(→天空神#概念の歴史)。
近年の学者はこれに否定的である。特にPeter Ucko [1]がそれを主張している。ヴィレンドルフのヴィーナスのような新石器時代の像が実際にどのような文明的/宗教的文脈で用いられたかはまだ確立した説がない。女神の像だという著者も、別の目的があったいう著者もいる。最近では徹底して神秘的なものを否定する立場から、あれは子供の玩具だという示唆も出ている。
これらの像が母なる神として崇められたか否かはおくとして、多くの古代文明において、母なる女神が汎神殿に収められ崇拝されたのは否定しようのない事実である。
[編集] シュメール、メソポタミアの地母神
メソポタミアの各地で、起源を同一とするとみられる一連の地母神がみとめられる。すなわち
などである。イシュタル、アシュタロト、アシュタルテは、祭祀の上と言語学の上から、同一の神格がそれぞれの地方で信仰されたものとみられる。彼女らは月神であり、また神々の母と呼ばれた。
フェニキアのアシュタルテは、ギリシアに伝わり、アプロディテとなり、キプロスを中心として信仰された。
[編集] ギリシアの地母神
端的な地母神として世界と神々の母であるガイア(ゲー)が認められる。また小アジアのキュベレーやクレタ島のレアも代表的な地母神である。小アジアのアルテミス祭祀はおそくギリシア人の神話体系に入り、そこでは狩猟を好む処女神とされたものの、本来は森の女神として地母神性格をもっていたと推察される。小アジア、エペソスに伝わった多数の乳房をもつ神像がそのことを示唆する。
神話においてゼウスの妹にして妻とされるヘラは、おそらく先住民族の地母神であったという説がある。この説にしたがえば、ゼウスの愛人とされる人間の女やニンフなども、本来はそれぞれの地方の地母神であった可能性が高い。
こうした原初的な地母神や狩猟と深く結びついた地母神に対し、デメテルとその娘ペルセフォネの神話は、農耕文化の周期的な季節の交代に特徴付けられた大地観をあらわしている(デー・メーテールとは神である母の意。死と再生の神参照。)。
[編集] 北欧神話の地母神
スカンディナヴィアでは女神は青銅器時代 (Nordic Bronze Age)から崇拝されていた。後にゲルマン神話のネルトゥスとして知られることになる。北欧神話のフレイヤ信仰もおそらくその流れを汲むものだろう。ほかにも地母神と見られる女神が神殿に祭られている。しかしネルトゥスのほうはニョルズという男性神に変化している。
[編集] オリュンピアの地母神
エーゲ海沿岸、アナトリア、古代中近東の文明圏では母なる神はキュベレー(ローマでは大地母神、マグナ・マテル「大いなる母」)、ガイア、レアとして崇拝された。
古典ギリシアのオリュンピアの女神達も母なる神としての性格を多分に備えていた。ヘラ、デメテル、アテナもそうである。クレタでは母なる神の一属性として「百獣の女王」(Potnia Theron。キュベレ#外部リンク参照)があげられる。その性質は時として女狩人アルテミスに属されることもある。エペソスで作られた古代のアルテミス胸像はこの点をある程度とどめている(→#ギリシアの地母神)。
[編集] ヒンドゥー教
ヒンドゥーの文脈では、母性への崇拝は初期のヴェーダ文化かそれ以前まで辿れるだろう。今日では、種々の女神(デヴィ)がみられる。それらは世界の創造的な力を表現している。マヤやプラクリティのように、神々の大地をおさめる力である。その場所から宇宙全体の存在が投影される。よって、この女神は大地であるばかりではない。地母神という側面はパールヴァティーが補っている。ヒンドゥーの女性的な存在は全て、同じ一つの地母神の様々な側面を表しているように見える。
[編集] シャクティ
ヒンドゥー教の姿の一つであるシャクティ主義はヴェーダーンタ、サーンキヤ及びタントラ教ヒンドゥー哲学と密接な関係がある、徹底した一元論である。バクティ・ヨーガの伝統も深くこれに関係している。シャクティという女性的なエネルギーがヒンドゥー教における現象宇宙のあらゆる存在や動きの背後にある。宇宙そのものはブラフマンであり、これは不変の、無限の、内在的であり超越的な、「世界精神」である。男性的な能力は女性的なダイナミズムによって実現され、そのダイナミズムは様々な女神によって体現され、その女神は元を正せば一人の母神である。
鍵になる文書がDevi Mahatmyaである。これは初期のヴェーダ神学、新興のウパニシャッド哲学、発展中のタントラ教をまとめて、シャクティ教を賞賛する注釈としたものである。自我、蒙昧、欲望といった悪魔が魂をマヤ (illusion)に呪縛する(心霊的にも、肉体的にも)。それを解き放てるのは母マヤ、シャクティ彼女自身だけである。このため、内在する母Deviの焦点を強力に、愛情を持ち、自己を溶かし込むような集中力をもって絞り込み、"シャクタ"(シャクティ信徒をこう呼ぶこともある)を集中させると、時空と因果律の奥に潜む真実を知る事ができ、輪廻からの解脱ができるのである。
[編集] キリスト教信仰における地母神
聖母マリアを母なる神であると考える人々がいる。彼女は母性的な役目を果たしているだけでなく、人を護る力をふるい、神との仲裁役を果たしているからである。プロテスタントはカトリックを<マリアを女神として見ている>と非難するが、カトリック側はそれを否定している。
末日聖徒イエス・キリスト教会では天母 Heavenly Motherの名前を用い、(まれだが)礼拝している。
[編集] ケルトのグレートマザー
地母神の典型例はケルト神話に見られる。ダヌはケルトの神殿トゥアハ・デ・ダナーン(古アイルランド語でダヌの民の意)の神々の先祖であり、その名の元になった古い女神である。生命の源であり、火、竈、命、歌といったものの神である。
母なる神は豊穣の女神、戦いと破壊の女神といった性格で定義されるが、生命を産み、奪うという性質が一般的な要件となる。ケルト神話では、女王メズヴ(Medb)がその性格を持っている。メズヴは戦を能くし、『クアルンゲの牛捕り (Táin Bó Cuailnge) 』の中で指導的な役割を果たす。この点で、戦の女神の性質を継いでいる。メズヴは後に豊穣神としても扱われるようになった。エウヘメロス的な豊穣神としての性格は常に「親しい腿達」(friendly thighs)と妥協している点に示され、また浮気な性格でも有名だった。さらに妖精の女王マブと混淆していった。
メイヴ(メズヴの英語読み)の名はウィリアム・シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』にも、夢にからんだマキューシオの独白の中に現れる。そこではメイヴは処女を妊娠させる一種のフェアリーとしての役割を負っている。彼女が小人と妊娠に関係していることは重要である。ケルトの神話の中では、小人を飲み込むと妊娠するという話が何回か出現する。
これらはメズヴが時とともに豊穣神としての性格を強めて行ったことを示していると思われる。
母なる神は仮に直接自然を制御しない場合でも、常に自然と、特に大地と関連づけられることであろう。生命の神秘、それを産み出す母の力、それら全てを迎え入れる自然。古代の、特に母系の社会では多くの場合大地を母親ととらえ、全ての生命の源と信じたであろう。かくして母のアーキタイプ(元型)となった。
このような性格は現在の地母神の見方からは大方失われ、自然との繋がりが主たる特徴になっている。この現在の特徴は、新たに得られつつある象徴なのであろう。
[編集] 復興異教主義 Neopaganism
現在、過去を問わず、世界中の文明で「母なる神」は女性の像と融合し、結びついてきた。母なる神は現代のWiccaらやNeo-Panganらによっても崇拝されている。これらのグループでは地母神は母なる大地と捉えられている。
実際、WWWの検索エンジンを用いて、spirituality great mother worship goddess などの言葉で検索すると、Wicca, Feminine Spirituality, Goddess Worship などの言葉を中心として、非常に多数の「異教的女神崇拝」を伝えるサイトが出てくる。これらの現代の女神崇拝は、組織的な大教団の形を取らず、個人的な信仰となっている。表面的に見えにくいが、大きな精神運動の一つとなっている様子が伺える。下記外部リンクはその一例である。
[編集] 関連事項
[編集] 外部リンク
考古学資料
- en:Knossosにヘビを操る女神の立像がある。豊かな乳房を晒し、延ばした両手にヘビを掴んでいる。著作権情報がないので、削除されるかもしれない。ソースは直接リンクである。
フェミニズムと女神
- Matriarchy 湘南国際女子短期大学 小松加代子助教授のサイトの一部
- 母権制とはいかなる概念か 平山満紀、江戸川大学紀要『情報と社会』9号 1999所収。女神崇拝と母権制との関連
Wiccaと女神