ループレヒト (バイエルン王太子)
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ループレヒト(Rupprecht, 1869年5月18日 - 1955年8月2日)はバイエルン王国の最後の王太子。
ミュンヘンで、のちに最後のバイエルン国王となるルートヴィヒ3世とモデナ公フランチェスコ5世の姪マリア・テレジアの長男として生まれた。
第一次世界大戦ではドイツ陸軍第6軍の指揮官を務め、1916年には元帥となった。
バイエルン公カール・テオドール(オーストリア皇后エリーザベトの弟)の娘マリー・カブリエレ(1878年 - 1912年)と1900年に結婚したが、死別した。1921年、ルクセンブルク大公シャルロットの妹アントニアと再婚した。1919年に母のマリア・テレジア王妃が死去したためループレヒトはジャコバイトの支持においてのイングランド王ロバート1世、スコットランド王としてはロバート4世となった(ジャコバイト派の立場でみればループレヒトは父親からは王位を継承できなかったものの、母親からは王位を継承できたことになる)。1921年には父・ルートヴィヒ3世の死去によりバイエルン王家の家長となる。ループレヒトは1955年に86歳で死去した。
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