ミール・マフブーブ・アリ・カーン
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ミール・マフブーブ・アリ・カーン(1866年8月17日 - 1911年8月29日)は、ニザーム藩王国の第9代当主。アサフ・ジャー6世。
ミール・タヒナット・アリ・カーンの一人息子であった彼は、父が没した時わずか生後2歳7ヶ月であった。そのため二人の後見人が摂政となった。このうちの一人サラール・ジャング(サラ・ジャン)は、その死の日まで長きにわたって、摂政かつ行政官の地位にあった。サラ・ジャンと共にイギリス軍司令官のジョン・クラーク、その他にもペルシア語、アラビア語、ウルドゥー語の学者達がミール・マフブーブ・アリ・カーンの教育にあたった。特に、サラ・ジャンの高潔な生き様は、この9代目藩王の人格形成に大きく影響したといわれている。藩王が16歳の時、サラ・ジャンは、彼に藩王国の運営について教授し始めた。ミール・マフブーブ・アリ・カーンは、その高潔な人柄と治世により、ニザーム藩王国の最も優れた藩王の一人にあげられる。
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