ミール・タヒナット・アリ・カーン・アフジャール-ウッドゥ-ラ
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ミール・タヒナット・アリ・カーン・アフジャール-ウッドゥ-ラ(1827年10月11日 - 1869年2月26日)は、ニザーム藩王国の第8代当主。アサフ・ジャー5世。
ミール・ファーカンダ・アリ・カーンの長男だった彼は、1857年5月18日に藩王を継いだ。同年7月17日にセポイの乱(第一次インド独立紛争)が発生し、世情は極めて不安定であった。しかし藩王国の宰相、サラール・ジャング(サラ・ジャン)の手腕によりニザーム藩王国は安定を保つ。ミール・タヒナット・アリ・カーン・アフジャールに強く信任された有能な宰相は、1855年藩王国中央銀行の設立、翌1856年郵便切手局の設立、および小作農民の経済状況改善を目的とした農民ローン基金の設立など、藩王国の改革を推し進めた。藩王自身は非常に宗教心に篤く、禁酒法を発布して、藩都ハイデラバードから酒類を一掃した。
42歳の若さでこの世を去った藩王は、メッカ・マスジドの藩王家の墓に埋葬された
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